以前はデザイン事務所だったと思いますが、そのときは何をしていましたか?

“アルファデザイン”というデザイン事務所にいたときは、デザイン補助と営業をやってました。二人だったので全てなんでもこなす感じでした。

このお店を引き継ぐきっかけは何だったのですか?

2009年に日本酒好きの仲間で作った「くるくる関内」という、街づくりの活動に関わったのがそもそものきっかけで、その時に前のオーナーだった女将さんと知り合いました。

「くるくる関内」は、飲食店のオーナーとオーナーをつなげたり、お客様がくるくると関内の飲食店を巡り街を活性化させようという活動やイベント、3.11東日本大震災の時には、東北の日本酒を1杯飲むごとにお客様と活動を応援してくれているお店から募金をいただき、少額でも直接気持ちを届けるということがせめてもの応援と思い、被害に遭われた蔵元さんへ直接現金書留で送るといった蔵元の復興支援活動などを行いました。

この「くるくる関内」の活動が、当時関内で活動されていた街づくり団体の方の目に留まり、その後発足した「関内まちづくり振興会」の立ち上げにも関わるようになり、現在も理事を務めさせていただいています。

そんな中、前の女将がお店を止めることとなり、後を継いでくれる人を探すことになりました。前の女将の希望は、このままの形でお店を引き継いでくれる人でした。当てにしていた方もいたのですが、その方は改装してワインバーにしたいと言いだし、当初と話が変わってしまったようで、別の候補者を探すこととなりました。

それで引き継ぐことを決めたんですか?

いえいえ、最初から私がこの店を継ぐ話も気持ちも全くありませんでしたし、そもそもは“ほおづき”の後継者として引き継いでくれる人を探す事を手伝っていました。それこそ、いろいろなお店の2号店で出来ないかなと模索したりもしました。それでここのお店のコンセプトが『神奈川の日本酒』なので、皆さんに声を掛けても結局は「神奈川の日本酒だけじゃ難しい」という方が多かったんです。

最終的に引き継いでくれる人が現れなかったので、私が周りの友人達に背中を押される形で引き継ぐことになりました。生まれてからそれまで、飲食店でバイトすらしたこともなかったんですよ。自分が飲食店をやるなんて全く想像できなくて。よく自分でもお店を継ぐことを決心したなと思って。

「ほおづき」はもともと神奈川の地酒が中心のお店だったんですか?

はい、以前からそうでした。神奈川県には13の日本酒の酒蔵がありますが、その中で前の女将が8つの蔵元さんの日本酒を入れていました。

最終的にお店を決断した理由は何だったのですか?

このお店は、客として通っていた頃からとても好きなお店のひとつでした。特に神奈川のお酒だけを出しているお店は他には無く、とても貴重なお店でした。私自身、日本酒が好きなので、『このお店が無くなったらどうなるの?』って思ったことが、決断理由として大きかったですね。

どうして飲食を今までしたことがなかったかと言うと、カウンターの中に入ってお酒を飲んじゃったら仕事にならないんだろうなって。妄想でしたが(笑)。

今もお客様に「一杯どうぞ」と勧められても、お店では全く飲まないですね。カウンターの中では、お酒はいただかないと決めてます。従業員にもそれを徹底させてます。

実際に覚悟を決めたあとに始めたことは?

コンサルタントとして起業したり、シンクタンクに務めている友人が「くるくる関内」の仲間にいたので、飲食店を経営するということについて、随分いろいろと意見をいただきました。経費と売上、お店を経営していくということの基本的なところから叩き込まれた事から始まりましたね。

もう引き継いでどのくらい経ちますか?

お店を引き継いでから5年が過ぎました。1年目が終わるまでがすごく長く感じましたが、その後は早かったです。3年目から5年目はあっという間に過ぎ去りました。

全く経験がないと慣れるまで大変だったのでは?

最初は自分のお店でも全然慣れなくて居心地が悪いんです。自分のお店でもあり、自分のお店じゃないみたいな。早くこの場から離れたいとか、お客さんが来たらどうしようみたいな(笑)。こちらが緊張しているので、来てくれたお客さんも緊張しちゃうんです。しかも引き継いだときに、前からのお客様も紹介して頂いてたので、そういう以前からの常連さんが来ると、やはり前の女将と比べられているようで、ますます緊張していました。そういうことに慣れるまでに1年ぐらい掛かりましたね。あとは自然と馴染んだのかな。お店が自分に馴染んだのかな、と思います。

おかげ様で、今では以前からのお客様にも新たなお客様にも可愛がっていただけるお店になっていると思います。出張で横浜に来ると必ず寄ってくださる方や、「自分が気に入ったので今度日本酒好きの友人を連れてくるね」と仰って、色々な方を紹介してくださる方、女性のおひとり様も多くなりました。

“ほおづき”のあるこの場所には「こんばんは横丁」という組合があって、月々組合での会合や年に一度のお祭り、お店の紹介パンフレットなども作っています。会合で問題点などを話し合ったり、営業中でも足りなくなったものを貸したり借りたりとか、隣のお店の方に力仕事なども手伝ってもらったりとか、とても心強いです。

「くるくる関内」でお世話になった飲食店の存在も大きかったです。初めは分からないことだらけだったので、なにかあればすぐにアドバイスを貰いに行ったりしました。「飲食店を始めることになりました。」と各店にご挨拶に伺った時には、「こちらの世界へようこそ!大変だけど頑張りましょう!」と声をかけていただき、改めて身が引き締まる思いでした。

実際引き継いだあと、売上はいかがですか?

「飲食店ってすごく大変!儲からないわ〜」が本音です(笑)。他のお店のみなさん、本当にすばらしいと思います。どんな仕事も努力ですが、社員さんを何人も抱えたりしていると、売上に波があるなんて言ってられないですものね。良い日も悪い日もあって、いかに波をなくしていくか。上手にSNSなどを使っているところや、ランチ営業を始めてみたり、営業時間やシステムを変えてみたりと、みなさん四苦八苦していますが“ほおづき”も同じです。

通常は土日休みですが、土曜日に蔵元さんを招いて日本酒の会を開いたり、酒蔵見学ツアーを行ってファンを広げたり、神奈川の日本酒ファン、蔵元ファンになっていただくことは、延いては“ほおづき”のファンになっていただくことですので、お店にとってもプラスになると思っています。蔵元さんにもずいぶんとご協力いただいています。

引き継いでから、お酒のレパートリーなど拡がりはありますか?

お店を引き継ぐ前の8つの蔵元から始まり、神奈川県の蔵元は全13蔵コンプリートしました。お店を引き継いで始める時に、神奈川の蔵元さんは全蔵コンプリートしたいと思っていました。

神奈川県では13の蔵が酒造を行っていて、そのほとんどが創業数百年という歴史があります。冬の仕込み時に蔵でお話を伺っているとき、タンクの中でフツフツと発酵しているお酒の音が聞こえてくると、可愛くて仕方がないですね。

お客様からも「神奈川のお酒って美味しいね」と言ってもらえるのが、お店をやっていて一番嬉しいことです。今後はもっとたくさんの方に知ってもらえるよう、アンテナショップ的なことができていければいいなって考えてます。

仕事や生活をするうえで、余白を考えたりしますか?

あまり考えたことが無かったです。でも、余白が無いと新しいことも出来ないし、考えることも出来ないから、あるならあったほうがいいですね。

お店を始めてから山に登ることをはじめました。富士山に登ろうって話があって、その時に登山用品を揃えて富士山に登頂したので、じゃあ今度は別の山に行こうとなって、燕岳に登りました。そこですっかり山にハマっちゃっいましたね。

山登りは気分転換になりますか?

なります!めちゃくちゃ気分転換ですね。それが楽しいから普段の仕事も頑張ろうって。

低山も高山もどちらも登りは苦しくてつらいのですが、澄んだ空気の中、斜面に咲く高山植物のかわいらしい姿に励まされ、登り切ったときの満足感はなんとも言えません。今年は憧れの槍ヶ岳に登ってきました。山頂から見る山々の美しさは感動ものです。下りはサッサカサッサカ降りて、麓で温泉に入ってビールをクイッと!とても幸せな瞬間です。

お店のカウンター前の本棚も、以前は日本酒の本ばかりだったのが、今では山の本も半数以上となりました。