日々、時間短縮に追われる現代

古川

現代は欲しいモノがあったらAmazonで頼めば明日届くし、本屋さんに行かなくてもスマホで本は買えるじゃないですか。実はめちゃくちゃ時間が短縮されまくっているはずなのに、全然忙しさは無くならないし、これは大いなる矛盾ですよね。そこがポイントじゃないですかね。

皆川

自分にとっての大切な時間を過ごせていないのかもしれませんよね。

古川

だから謎が多すぎますよね。駅の階段を上がっていて、ベルが鳴れば僕らは走るじゃないですか。そこで3分短縮しているはずなんですけど、自分はその3分をどう活かしたんだろうなって思って。たいして活かしてないですよね。結局そういうのにどんどん時間短縮時間短縮時間短縮ってきざんで、すごく時間を短縮しているんですよ。でもその短縮時間が例えば睡眠時間に回っているかと言えばそうでもないし、謎なのは結局短縮している割にはすごく無駄なことをしているみたいなところがある。

最近ではスマホの機能で画面をどれぐらい見ているか分かるじゃないですか。それを見ると愕然とします。これだけ画面を見ていたのかってなりますよね。だからといってスマホは便利だし見てしまう。その付き合い方を考えないと、本もそりゃ売れなくなりますよ。

皆川

たしかに情報は得られるけど、自分にとって役に立つかは疑問ですよね。友だちが食べている美味しそうなものを見ているだけだもんね。(笑)

古川

でも案外そうなんですよね。ただ自分だけではその文化から抜けられないって恐怖もありますよね。抜けられるかも知れないですけどね。

皆川

それよりもパン屋さんでコーヒーの香りを味わいながらゆったりと時間を過ごすほうが贅沢なのはわかっているけど。

古川

その周りではみんながシェアしまくって飛び交っている情報があってその中で、自分は我関せずを決め込めるかどうかってことですよね。

武田

パン屋も美味しいところに行きたいしね。

古川

無駄なことをしたくないんですもんね。不味いパン食べたくないですもんね。

皆川

子供のころに食べた給食のパンはあまり美味しくなかったけど、最近は不味いパンなんてなくなりましたよね。(笑)

古川

昨今の高級パンの行列なんか見ると思いますが、多分僕らにはそれだけパンを消費して食べ分けるリテラシーはきっと無いんですよ。言ってしまえばある意味では情報を食べているんだと思います。そういう意味で言うと、そこは難しいところですよね。今だとタピオカも、あれはタピオカの形をした情報を消費している訳です。

街を余白から考えてみる。

皆川

街の余白って具体的にどういうところかな、公園とか、建物の隙間とか路地かな。。

でも、街には必ず余白というか、逃げ場みたいなものが必要なんでね。それが必ずしも公園とか路地だけではなくて、例えば僕らサラリーマンにとっては、一人になれるカフェだったり、愚痴を言い合える一杯の飲み屋だったり、都市の余白ってそういうものなのかなと思うんです。

古川

ソトコト編集長の指出さんの言葉を借りると、「関わりしろ」って言ってますよね。地方のキーワードは関わりしろがあるかどうか。要するにそこに自分が入っていって自分がそこで役に立てるかどうかを指出さんは関わりしろって言葉で表現されています。ガチガチにコミュニティが出来上がったところに入っていっても、疎外感を感じがちですけど、そこに自分が参加することによって自分が活かされる感覚。東北の震災後のボランティアなどでその傾向が顕著に出たと思うんですけど、今は東京もSNSが普及したこともあって、イベントがいろいろあちこちで行われています。

だからガチガチに固まっているイベントよりも、関わりしろが残っているほうが、街としては面白い。例えばそれこそ東京の東側にはそれが結構あるなと思いますね。

皆川

それは何か自分が関われる、あるいは役に立てる場や機会があるのもそうだけど、カジュアルに例えば飲み屋さんに行って気軽に話が出来る「場」とか、あるいは飲み屋じゃなくて定食屋でもいいかも知れない。

古川

街という捉え方で言うと、上から見るとどこも街なんですけど、そこにどういう人がいるかとか、人が表とか前に出てこれるかというか、浮かび上がるような街になるかどうかってところで、面白いかそうじゃないか分かれるなと。そういう見方はよくしますけどね。

皆川

街って建物だけがつくっているものではなく、人が街をつくっている。人がいるからこそ街なんですよね。そのためには人がもっと街へ出ていかないとね。家の中にこもっちゃうんじゃなくて。こもっちゃうと街の活気につながらないですよね。

武田

下町のほうがどちらかと言うと、外に出て掃除してたり水まいたりしていることがあって、夕方にそこを通り過ぎると気持ちがいいんですよね。綺麗なのは西側なのかも知れないけれど、そこは何か人の匂いがするというか。

皆川

そういう場所だと何かこう、幸せな気分になれますよね。

武田

そういう意味では東京の東側が注目される意味は分かりますよね。

古川

ポートランドとかも街の角に人が溜まれる場所を作る決まりとか、ちゃんと、こういうところにはこういうふうに人がコミュニケーションを取れる場所を作らなくちゃいけないという意図のある街づくりをしています。

皆川

街づくりに具体的な指針が用意されているのですね。素晴らしい。

古川

街の角々がそういうふうになっていると、人が自然とそのそんな場所に集まるみたいですね。「辻を作る」ってところの辻の作り方を地域で決めている。そういうのが街づくりには大事なことなんでしょうね。

皆川

すごく示唆に富む話で、法律的なものである程度誘導し、街に活気を生む可能性を示している。実は僕は建築設計が専門ですが、近代の都市計画、すなわち20世紀型の街づくりって、いわゆる用途によって分ける考え方だったんです。煙や騒音を出す工場と静かな環境を求める住宅地は分けるべきとする思想です。それは健康的な住宅地を供給するのにはある程度成果を上げた。その延長で住環境の悪化を招きそうなもの、例えば商業施設などを、排除していったのですが、街の本来の面白さってそれがごちゃまぜで、いろんなものが隣り合っていることなのかな、と思ったりもしています。

エリアで分ける考え方がこれまで一般的でしたが、街にとっては縦で分けてもいいかなと。例えば、上層階に住宅があるけど、1階にはカフェやショップ、あるいは図書館があってもいいじゃないですか。街と接する場所、すなわち1階に、誰もが入れるスペースが用意されている。そういうものがあれば、人通りも多くなるし、街に活気が生まれますよね。

古川

その辺の意図的な街づくりでいうと、僕は神奈川の辻堂に住んでいて、駅から直結したところにテラスモール湘南という商業施設が出来たんですけど、目の前がバスターミナルとロータリーで広い広場なんですよね。本来ならそこに施設をもう1棟建ててお店を入れられるんですけど、そこをあえて広場にしている。二階三階四階と段差になっていて、テラスモールだけあって外にテラスを設けて椅子がたくさん置いてある。普通に採算だけの効率的な店舗設計を考えると、あと50店舗ぐらい入る作り方をしているんですけど、でもこの10年間で特に評判のいいショッピングモールは川崎のラゾーナかテラスモールって言われるぐらいなんですよね。とにかく人が集まっているんです。

皆川

儲けられるスペースを、あえて余白として残す。そのゆとりというか余白が、結果として街を豊かにした成功例ですね。

古川

おっしゃる通り。余白をどう作るか考えると、そこが人が溜まれる場所になり、買い物をしてほしい人たちが買い物のことを考える時間が気持ちのいいものになる。だから結果的に売上が伸びる。

皆川

そうなんですよね。やっぱりそこでちょっと立ち止まって時間を過ごす行為が、必要なんですよね。目的を果たしたら帰ってしまうんじゃなくて、何気なくぶらっと見て寄ってみたくなる店や、香りに誘われてコーヒー飲んでいこうかとかな、そういう行為を促すような仕掛け。

古川

それから洋服屋さんも最近は洋服だけを売ってないじゃないですか。コーヒーを売ったりとかライフスタイル売ったり。それも含めてわかってきているんだと思うんですよね。文脈をどう作るかが大切だってことですよね。みんないい時間を買っているんです。

武田

今の話に似たようなことを思い出したんですけど、数年前から人気ですけど武蔵境駅前に「武蔵野プレイス」というすごくカッコいい図書館があります。あそこは行ってみると意外と本は少ないんですよね。本は少ないんですけど、真ん中に吹き抜けがあって、各階にコミュニティスペースがあって、いろんなイベントやってて、地下には子供の遊び場やバンドの練習スタジオまである。本はあるんですけど、図書館としては本当に余白だらけなんですね。でもすごい人気なんですよ。