小麦畑は日本にいっぱいあるものなんですか?

梅雨がある地域は難しいことがあるんですが、日本全国どこでも作られていました。うどんも原料は小麦で昔からいろいろな場所で食べられていたものですよね。

ただ、パン用の小麦とうどん用の小麦は品種が違います。パン用の小麦はあまり作られていないです。今は年間1トン程度の生産量なんですが、最終的には4トンくらいまで増やしたいと考えています。

4トンはどれくらいの量なんですか?

収穫した4トンの麦の種の6割が小麦粉になります。4割は粉と皮の部分が混ざった箇所で実際の粉には使えません。その小麦粉100%でパンを作ると、今日本で作られているパンとは全然違う見た目になります。みなさんは白くてふわふわしているパンを希望されるので、そうすると100%の場合、そういうパンは出来ないのでちょっとブレンドしています。

ファールニエンテでは、パン生地・ピザ生地合わせて、1日平均約50キロの生地を作り、1割から4割程度、自分たちで作っている小麦粉を混ぜて使用しています。この小麦粉は「ぼくらの小麦」というブランド名で販売されています。

小麦は大体いつごろ植えるものなんですか?

11月種まきで、6月に収穫ですね。小麦粉って本当に毎日使いますし、スーパーに行けば絶対に置いてあるものじゃないですか。米は今年の米は美味しいとか、今年の出来がどうだったかあるじゃないですか。小麦粉でそういう話はほとんど聞かないですよね。不思議じゃないですか。小麦粉の世界の製粉技術はすごく良くて、カメリヤ(小麦粉の商品名)だといつでもレシピどおりに作れば同じパンができるじゃないですか、季節や気温が違ってもいつも同じようにパンができるって凄いことなんですよね。

例えば、世界的に小麦の収穫が少なくて品質が落ちたといわれても、普段スーパーなどで購入できる小麦粉がちょっと使いづらいな、品質悪いなって思うことってほとんどないと思うんですよね。今年は桃が当たり年だなーとか、今年の米は~みたいなことって小麦粉ではあまり聞かないですよね。いつも一定の品質物が手に入るって考えてみたら凄くないですか?

日清製粉や日本製粉みたいな大手の製粉会社はロール製粉といって、小麦を外側から削るように製粉していきます。少しづつ削って篩い分けして、使用目的に合わせてもう一度ブレンドするんです。だから、使い勝手がよく、いつでも一定の品質の小麦粉を手に入れることができる。

対してぼくらの小麦は石臼製粉です。小麦全部をすり潰すので、細かな篩わけがしづらい、白い粉だけではなく、外皮の部分もどうしても入ってしまうんです。それはうまみである反面、パンにするときは余計なものでもあるので、膨らまなくなってしまい、使い勝手が悪くなってしまうんです。

そこをカバーしてくれるのがパンの技術者たちなんです。その日の粉の状況、発酵の具合、天気、湿度から判断して微調整をして、最終的な出来上がりを一定にする。そこにはやはりノウハウだったり技術の蓄積だったりがあります。それを障がいのあるスタッフに伝えてもらい、ファール ニエンテのパンができています。

特にうちの食堂のピザはけっこうその辺の粉の味が出やすいんですね。だからシェフやよくピザを食べていらっしゃる方たちは、生地が美味しいと言ってくださったりしますね。

あと、パンそのものについては、永藤というパン屋さんが上野にあったんですが、そこの工場長だった飯塚良雄先生がいま技術指導に入ってくれています。その人が技術指導に来てくれてからは、パンのクオリティがさらに上がってきています。

ファールニエンテは冬場の方が忙しいのですか?

パン屋さんの売上はふつう6月が落ち、セオリー3月みたいなのは春先から伸びてくるのがふつうなのだそうです。でもうちの場合は、すぐそばにイチゴ狩りが体験出来る農園があり、そこが12月からオープンするんです。そうするといちご狩りにこれから行く人、これから帰る人がここに寄ってくれるんですね。うちでもそこのイチゴも使ってイチゴのパン出したり、イチゴ農園の農家さんとも知り合いなのでで、向こうでもどこか食事できるところがないと尋ねられると、ファール ニエンテを紹介してくれます。

イチゴ農園自体はうちが出来る前からあるんですが、うちも農業は小麦作りからやっている関係で、向こうも気になる存在、こちらも気になる存在になっていたようです。

ファール ニエンテでは畑で小麦作りから始めて、製粉するのはもう1つ共働舎という法人の施設があるんですが、そこで製粉をやっています。そこで製粉したものをここに持ってきて、パンやピザを作っています。

もともと私たちの法人「社会福祉法人開く会」は、30年近く前に、農業・お花づくり、パン作りや陶器作りからスタートしているんです。

小麦作りを始めたきっかけは、パンを作る窯屋さんで「櫛澤電機」という会社があります。パン用の窯屋さんなので、窯を使うパン屋さんがお客さんなんです。で、パン屋さんの商品の魅力を窯のほかにもないかなと考えたんですね。そういう話の中で小麦を作ろうということになり、櫛澤電機さんがまず山梨の農家さんと小麦作りを始めました、そのころ櫛澤電機の窯を共働舎でも使っていたので、障害のある人たちの仕事に小麦作りはどうかとお声をかけていただきました。

その時に白羽の矢が立ったのが自分で、2年間山梨の農家さんに小麦作りを習い、横浜での小麦作りと製粉事業がスタートしました。

地元の方がよくいらっしゃるんですか?

そうですね。ファール ニエンテに来店する方は地元の方が多いかも知れません。昼間の食堂はよく女子会が開かれてますね。土日になるとファミリー層が多いですね。満席になるとお待ち頂くんですが、天気が良いとテラスで待ってもらっていても気持ちが良いんですね。子どもも目の前の芝生の上を走りまわったりしてますね。保育園や幼稚園は水曜日の午後は早く終わったりするんで、保育園のお迎え帰りのママさんたちが来て、パンを買っておしゃべりしつつ、子どもたちは外で走り回っている光景がよくあります。

地元で人が集まる場になってるんですね。

そうですね。たぶん集まる場になっていると思います。例えば2〜3年前に近くにある小学校が全部同じ日程で運動会を開催した年があるんです。そうすると土日に、お客さんが全然来なかったんです。学校のイベントがある日はやっぱりお客さんが少なくなるので、結果的に地域の方が多い印象ですね。父親参観や参観日があると、「あれ、今日少ないね」となりますね。

障害を持ったスタッフをどうケアしていくか

障がいのある人たちもいろいろ活躍できる場がある。そう思っているのも事実なんですが、ファール ニエンテの場合、パン屋さんや食堂の「店員」ってたくさん働いている、活躍しているっている、と障がいのある人たちにもイメージしやすいんですよね。自分たちで買い物もするし、実際に店員さんを見る機会だって多い、こういう仕事なんだ。自分も販売の仕事で活躍したい!って想像しやすいのだと思います。だけど、気持ちが先行してしまう場合もあり、それだけでは仕事にならないことがあるんです。

店員さんをやってみたいという気持ちはあるけど、動きについていけない。という人たちも実際いました。私たち支援者はそういう人たちが動けるように支援するのが仕事なんですが、接客業やパン製造、調理の仕事に合わない人たちがいることもまた事実なんです。だから、やりたいなーっていう気持ちだけが先行してしまうとミスマッチが生じてしまいます。

一般のお店だと、動けないと即、「難しいね」って言われてしまうと思います。ファール ニエンテの場合だとやれる方法や手順を考え、やってみる。それでいい循環に入れれば続けられる、うまくいかないなら他の手を一緒に考える。ということを一定期間繰り返します。そういう中で仕事場の忙しさや求められることを伝えていきます。障がいのある人もそういうやり取りの中で了解をしてもらうという過程を踏んでファール ニエンテの仕事に慣れてもらってます。

本当は「どんな人でも、ファール ニエンテに来て働いてみて、やってみてよ。」といいたい、一定の余裕や遊びを持っていたい。そうでないと障がいのある人たちの働く場を広げることが難しいんです。でも、この忙しさだと、ぎりぎりのラインを求められてしまい、やれるんだけどやれないという人たちが出てきてしまうんです。

障がいのある人に合わせて伝え方を工夫しないの?もちろん、そのようにしたいと思っているんですけどね。いかんせんお店に来るお客さんたちが、こちらのスタッフの障がいあるなしにかかわらず来店してくれます。それは法人が目指しているものでもあります。だからこそ、障がいのあるなしかかわらず、美味しい物、綺麗なもの、いいものを作らなければいけない。それを作り続けなければいけない緊張感やヒリヒリ感を高く持っていなければいけないと思っています。そういうお店のスタッフとして障がいのある人たちも参加できる、経験できるのは「あり」だと思っています。