飲み会での何気ないご縁が山梨のホップ産業を活性化した。

望月さんはすごく知り合い多いですもんね。会うといろんな人を連れてくるんですよね。(編集長に)ビール屋さん(サンクトガーレン)を紹介してもらって、それから小麦繋がりでサンクトガーレンにも今ホップを作ってもらっています。サンクトガーレンとは昔大手ビール会社にホップを卸していたホップ農家の浅川さんをつないで、いまサンクトガーレンが毎年フレッシュホップ IPA という地ビールを作っています。

あのホップの活動は凄いんですよ。飲み会で知り合ったことがご縁でいま山梨のホップ産業が盛り上がり始めています。これまでそのおじさんしかホップ作りをやっていなくて衰退の一途だった。そこから今ホップづくりを始める人たちが出てきたんです、農家で一軒、ホップ作りからはじめるクラフトビール屋さんが一軒、その他にもホップを育てたいといっている人たちがいるそうです。

例えば最近クラフトビール業界のUCHU BREWINGって知ってますか? クラフトビール業界では、そのUCHU BREWINGが最近流行りなんだそうです。その人も浅川さんのホップ作りを見に来て、サンクトガーレンと繋がっていたのです。今年はサンクトガーレンとコラボレーションしたビールを出すそうです。サンクトガーレンと山梨のホップをつないだところから、すごく山梨のホップ業界が盛り上がり始めています。

さらにホップの話をすると、盛り上がりつつもあるんですが、ホップの収穫がヤバいんです。ホップの収穫時期になると向こうは単発で人が足らないんですね。そういうような危機がいろんな紹介で、上手くいくと良いなと思っています。ホップの収穫って1個0.2gぐらいなんです。それを100kgや200kg単位で収穫しないといけないんで、人手が必要なんですね。

育てるところはおじいちゃんおばあちゃんの二人でも何とかなるんですけど、収穫のところで選別をしたりするときには10人〜20人必要になります。向こうもおじいちゃんやおばあちゃんなら10〜20人いるんですけど、80〜90歳のおじいちゃんやおばあちゃんだと辛いですよね。おじいちゃんたちは伝える技術はあるんだけど、体を動かすのは辛かったりするわけです。クラフトビール好きな若者でちょっと体験してみたいボランティアがいるとまた面白い活動になりそうなんですけどね。

余白について考えていることを教えて下さい。

最近カツカツだったんですよ(笑)。余白はデザインもそうですけど、余白がなくてごちゃごちゃにしちゃうと、逆にくどくなっちゃうじゃないですか。そういう感覚は、改めて余白について聞かれると必要だと思うし、余裕があった方がもちろん良いです。その余裕を作り出すために、自分たちがどう動くのか。

いま苦しい中でどこかで楽をするじゃないけど、ここには障がいのあるスタッフもいるんで、普通の食堂並に動くとそのスタッフたちが働けなくなります。どこかで「あ、これでいいや」と思ってないと、ブラック企業と同じになっちゃうんですよね。そうすると僕らが一番やりたい障がいのある人の活躍できる場所を、自分たちで無くすことになるんですよ。

よく見学や問い合わせで、「障がいのある人たちと仕事しているのすごいよね」と言われるんですけど、体は皆動いているんで、同僚としていると考えると、やっぱり伝えないといけないことは、伝えてやっていかないといけない。それをキチキチやり過ぎちゃうと、やっぱり使えないよねって言わなきゃいけない場面が出てきてしまう。それを言ってしまえば、僕らの仕事の意味は無くなるし、支援者もそうだし、仕事の意味がなくなってしまいます。

チェーン店はたぶんマニュアルで合理的にガチガチにしていると思うんですけど、それをそのままこのお店に持ってきたら、うちは成り立たなくなってしまう。そういうことは他のところでやればいい。そうじゃないところに僕らのお店は立っているんです。他方外から見ると、ファミレスや他のパン屋たちとは競合店という形でやらないといけないので、中の仕組みは余白とか余裕を持ってないと、当然やっていけない商売です。

今の仕事をする上で気をつけている。意識をしていること。

山梨で小麦を作っていたことがいろいろな仕事を進める上で基礎になっている気がします。どうやって作るのか?出来上がったものをどう売るのか?がどう使われるのか?農家さんとのやり取り、障がいのあるスタッフとのやり取り。いろいろな経験をしました。それがあったから望月さんともお会い出来たし、ファール ニエンテの仕事以外で山梨のホップ産業が盛り上がってきた。さらにいろんなつながりや環境が出来てきたのが、ベースになっていますね。

小麦づくりのときも、とにかく農家さんに全部作り方・やり方を聞き、ファール ニエンテが始まるときもいろんな人に助けられ、やり方を聴いて、何とかここまで来ました。ファール ニエンテが始まってからもシェフだったりパン職人さんだったり、飲食店を経験してきたスタッフたちにやり方を教わりながら、整えてきました。こういうやり取りは小麦作りでの農家さんとのやり取りが活かされていますね。

この経験は障がいのある人とのやり取りにも活かされています。

小麦作りにしても、ファール ニエンテにしても、自分は「何もわからない、知らない」というところからスタートしています。ファール ニエンテの障がいのある人はほとんどが知的に障がいのある人たちです。人によって差はありますが「わかる」というところに障がいがあります。自分がわからないということを知っているので、こんな風にすればうまく動けるよとつたえやすいんです。

話はちょっと変わってしまいますが、ファール ニエンテの広報物やメニューブックなど、だいたい自分で作っているんですよ。そのときにこういう制作物も余白は大事じゃないですか。最初のころは本当に詰め込むだけ詰め込んじゃうやり方をしていました。今ではある程度の品質で短時間で作れるようにっていますし、それを後輩や部下に伝えられるようになっています。こういうのも何も知らないところからはじめたからこそできるようになったことですね。

平林

今どき写すのは簡単なので、どう写真を見せるかなんですよね。基本見せ方は引き算なんですよね。あれもこれも、どれもこれもと入れると結果的に伝わらないんですよね。

鈴木

そうなんですよね。シンプルに結局それを1個だけ撮っておけば良かったんじゃんとなるんですよね。

これからどんどんやっていきたいことはありますか?

ここは障がいのある人たちが働く施設なので、もっと働いている皆さんが活躍をしてもらいたいなと思っています。極端な話、こういう取材を受ける場合も、僕が前に出なくていいんです。障がいのある人たちが出るほうがいいんです。でもまずは横に一緒に座って、徐々に答えられるようになるといいなと思っています。