相対評価と絶対評価と体育

森永

相対評価から絶対評価へと、教育の現場がだんだん変わってきているのだろうなと期待はしているんです。でも「スポーツ憎い」をネットで発信する人たちの中には、若い人たちもたくさん含まれているのを感じるんですね。昔よりも量産はしてないにしろ、体育がヒエラルキーを生じさせスポーツを憎むようになる人を生み続けてしまうことを未だに止められていない印象というか。どんなことが引っかかっていると考えていらっしゃいますか?

河合

例えば運動会で子どもに徒競走を走らせたとき、最後に手をつないでみんなゴールするのってどう思います?

森永

あー……、私は、それは何か違う感じがするんですよねえ。

河合

僕もそう思うんですよ。じゃあどうすればいいかって話になるんですが、僕は評価の仕方で考えるんです。徒競走という競走をしているわけだから、まさしく順位が付くのはもう仕方がないと思ってはいるんです。

でも体育の授業は、自分がどう学び学んだことを活かして、また成長できたかを問うべきだと思うわけです。50mを走る授業をしたとしますよね。こういうときにだいたい何をやるかと言うと、授業で簡単な説明したと同時に、記録を録るんですよね。今どれくらい走れるのか調べます。例えば一人は50m、9秒0だとします。もう一人は早くて8秒5で走ることができたとしますね。

その後授業で、例えば走り方のコツなどを指導されることによって、自分たちでスタートなどを工夫したり、いろいろ試行錯誤するわけです。そして最後に記録を取った際、9秒0の子が8秒8だった場合と、8秒5の子は結局変わら8秒5だったときだと、どっちが評価されます?

森永

より成長した方を評価したくなりますね。

河合

でもさきほど言ったように、8秒5の方が優秀だと認定されるとこっちに5が付くんです。でも、8秒8とタイムが縮んだことで評価をするとすれば、早いか遅いかではなく、自分の成長と学んだことを着実に活かしたことが評価される。そういう評価基準を明確に示せばいいんです。そうすると僕はスポーツや体を動かすことが楽しくなるんじゃないかなと思っています。

森永

考えてみると、意外と学校の体育の授業は一発勝負ものが多いですね。

河合

そうです。

森永

1回測って終了、イコール評価!みたいな感じですよね。

河合

それを言い出すと勉強のテストも1回だから、キリがないところもあるんですけどね。もちろん単元ごとの評価をしていくから、積み重なっていくと結局そこそこ平準化されます。これは僕が教員をやっていたときの経験から思います。

スポーツとエンターテインメント性

森永

以前に末續慎吾さんの講演を聞いて面白いなと思った話があるんです。陸上競技のトラック種目はタイムで競うので、一番速い人を決めるのであれば、誰もいないところで1人1レーンでタイムをひたすら取る大会を開き、終わってからタイム順に並べてもいいはずだと。なぜ8人が8レーンに並び、みんな一斉に走ってお互いに競い合うのかという話でした。

例えば末續さんの場合は、日本の大会に出るよりも、海外の大会に出た方が周りに引っ張ってもらえる感じがするから、自分もタイムが良かったと話をしていました。選手側からの目線だと競う環境というのは大きいのでしょうか??

河合

僕は目が見えないので、隣のコースに選手がいようといまいと最後は関係ないと思いますけど、どうなんでしょうね。やっぱり単にそのことよりも、エンターテインメント性なんだと思うんですよ。大会をスポーツプレゼンテーションとしてみた時、どちらがエンターテインメント性があり、見ている聴衆を惹きつけるかだと思います。

森永

見ている側、観客側の視点、強いてはビジネス的な視点ということですか?

河合

それは大きいと思いますよ。最近はそういう意味でエンターテイメント性をより高めた賞金レースがどんどん増えています陸上と水泳もいまプロの賞金レースに近いものが出ているわけです。今までのオリンピックや世界選手権は、2〜3日間の日程で一次予選・二次予選・準決勝・決勝と4本走らないといけない。選手も疲れるし、ベストタイムが出るのが決勝になるとは限らないんです。賞金レースは、上位8人だけを招待で選び、一発勝負なんです。

ダイアモンドリーグとか、そういう名前の大会で勝てば賞金が出るということによって、そこで結果を出そうと選手が頑張るようにするわけですね。結果、良い記録が出たり、より高いパフォーマンスを発揮するようになり、エンターテイメント性が上がれば観客が喜びますから、ビジネスになります。だから、ある意味でそれは社会のひとつの方向性だと思います。

それを僕が正しいやり方と思うかという話とは別問題です。ただ、そういう人に見てもらったり、そこに入ってもらう観客はお金を支払うわけですから、そういう行いでサッカーだったり野球などスポーツが支えられていることも事実ですよね。

海外と日本のスポーツ観戦環境の違い

森永

パラ・スポーツもやっぱりお客さんにもっといっぱい入って欲しいと純粋に思うものですか? 

河合

そうですね。僕がやっている水泳は、パラリンピックでも人気競技ということはあるんですが、海外のパラリンピックそのものは、本当にほぼ満員なんですよね。だから僕はそういう満員の舞台で泳ぎたくて、ずっとパラリンピックには出ていた感覚を持っています。

森永

海外は何でパラリンピックは満員になるんですかね?

河合

日本でも今度のパラリンピックは満員になると思いますよ。それよりも、もともと日本人は年間にどれぐらいの人がスポーツ観戦に行ってますか?

森永

私はスポーツを観るのでそこそこ行ってますけど……周りだと全然ですね。むしろ私が誘うほうですね。

河合

そうですよね。そもそも日本人はあまりスポーツを見ないんです。そう思うと、障がい者スポーツに色眼鏡を掛ける必要はなくて、日本人はスポーツを観に行くことよりも、仕事が好きなのかも知れないじゃないですか。

森永

たしかに欧米はもっとスポーツを観に行っているイメージがあります。

河合

欧米はスポーツバーみたいなスポーツが観れるところがけっこうあるじゃないですか。そういうのを含めると、オープンカフェでもどこかでスポーツの様子を流れていて、それを観ているシーンもありますからね。

森永

欧米はスポーツを観戦することがより身近ってことですか?

河合

そうですね。あとは仕事の切り替えが上手いってことがあるんでしょうね。遅くまで仕事をしないこともあるんじゃないですか。地域にもよるかもしれないですけど、通勤時間が短いとか、そもそも衣食住近接な環境で暮らしている。後はホームパーティー的な催しでみんなで観るようなことがあったり。

クラブチームが地域に根ざしていることによって、そこが拠点になったり、話題になる会話のフックになったりするんでしょうね。

森永

日本だとどうしても一番テレビ放送が多いのは野球で、次にサッカー、それが人気の大きさと偏りに跳ね返っていると思うんです。欧米も実はだいたいサッカーなのか、それとももっと多様で、様々なスポーツに触れる機会にあふれているのでしょうか?

河合

多いんでしょうけどね。ただ自分のやってる競技に興味を持つことや、オンラインにメディアが出来たことによって、様々なコンテンツが見れるようになり、どんどん状況が変わってるんじゃないですかね。

もっと身近にスポーツを感じるには?

森永

日本でも働き方改革で早く帰ったり、地元密着のスポーツチームも増えつつあるので、徐々に変わっていくかも知れないです。そんな中オリンピック・パラリンピックはスポーツ観戦人口を増やす契機になるでしょうか?。それともそれがスポーツ人気の頂点で、あとは下がっていくだけとなったりしてしまうのでしょうか?

河合

2020年がきっかけで定着するかと言われると、個人的にはちょっと不安はありますね。

森永

不安と言うと、どこらへんに引っかかりがありますか?

河合

そもそも日本人が、時間やいろんなものに対して余裕がないですよね。

森永

スポーツを観るも楽しむのも含めてという感じですか?

河合

例えばスポーツ観戦的なもので試合を観に行くのもそうだし、自分で走ったり泳いだり、仲間とゴルフしたりボーリング行ったりするのは楽しいですよね。だから僕は、スポーツは楽しい時間を作る一つの方法でいいと思っています。僕はとある週末に職場の仲間を連れて行ったのは卓球Barでした。Barのなかに卓球台が置いてあるので、飲みながら卓球をする場所でしたね。

森永

飲んでいるとだんだん打てなくなりそうですけど(笑)。

河合

それもいいじゃないですか。楽しいんだから(笑)。ダーツだって同じです。ダーツは飲まずにやります? そういうのは僕はありだと思っているので、軽く呑みながら体を動かすことが出来てもいいと思っています。そういう楽しむ時間をもっと増やす余裕がない状態で、スポーツだけが定着するかということに対して、やはり不安はありますよね。

水泳の楽しみかたとは?

森永

さきほど、接点がないがゆえに、障がい者と健常者を分けて考えがちだけど、そんなことはないという話になりました。とはいえ接点が少ないのは事実で、例えば健常者の水泳を楽しむ感じと、障がい者の方が水泳を楽しむ感じが違うんじゃないかと想像したりしてしまいます。実際はどうなんでしょうか?

河合

色々視点によってあると思うんですよね。幼稚園で泳げるようにスイミングに通う子と、高齢者がメタボ対策でスイミングに通うとでは違うと思うんですよね。でも泳げないから通いたい高齢者もいるかも知れないから、そうなると泳げるようになりたい目的は子どもと一緒かもしれない。一方で、少なくとも小学校の子がメタボ対策で泳ぎに行こうとは思っていない訳ですから、絶対違いもあるはずなんです。そういう差のほうが、障がい者と健常者の差より大きいと思います。

ただ障がいのある方にとっては、水泳には浮力があることが、他の陸上競技とは違うものすごい魅力なんですよね。もちろんそれは健常者にとっても条件は同じなんですが、障がい者にとって浮力を使うことに気付くとものすごく面白い。

個人的に感じる魅力としては、水は陸上の80倍も抵抗があることです。水泳はその抵抗と闘ったり、それをかわしながら速く泳ぐ話なので、当然抵抗は加速スピード✕2乗でどんどん大きくなっていきます。そうすると速く泳ぐ人ほど抵抗が大きい。じゃあどうやってそれを減らすのか、またはどう速く泳ぐのか。水泳はこういうせめぎ合いなので、僕は記録を縮める作業の中に、そういうやりとりがある面白さがあると思っているんですけどね。

あとは健常者のスポーツでは義足や車椅子の性能は全く関係ないですよね。まさに自分の肉体の性能のみで勝負します。そういう意味での公平性と身長の違いはあると思っています。

森永

禁止になりましたけど、何年か前に水着の素材の問題もありましたよね。

河合

その水着の問題は規定が変わり、約10年前にストップしましたね。しかも、もうそのときの世界記録は残ってないんですよね。

森永

もう全部記録更新されたんですか?

河合

もう記録更新されないだろうってあの頃言われてましたが、それはもう更新されました。日本や世界も含めて、水中で体を動かすことはまだまだ分かっていないことがたくさんあるんです。トレーニングも含めてまだあります。陸上競技の100mよりも、水泳の50mや100mのほうが記録が今も縮んでいるんですから。