写真・映像・文章を作るときに考えたいこと

寺沢

子どもの運動会はみんな撮りたいじゃないですか。本当はそこで手拍子なんかが欲しい場面でも、みんな撮っているから誰も手拍子してくれない。あれはおかしい。絶対おかしい。

野村

そうなんですよね。僕もずっとそれを思っていて。

寺沢

そんなイベントで最たるものが運動会ですよね。子どもが一生懸命走っているのに、後で見ないのにみんなが撮っている。見ないですよ。絶対見ないですからね。だったらそんなの止めて、ちゃんと手拍子や拍手するところはやらないと運動会自体がシーンとしてしまう。結局親は自分の子供だけ撮りたいのよ、それで離れて住んでいるじいちゃんやばあちゃんにそれを見せたいっていう1回だけのためなんですよ。

平林

カメラメーカーさんと、どうやったらカメラが売れるのか、どうやったらみんなに拡がっていくのか色々話しをすることがあります。みんなスマホを持つようになって、最初業界的にはスマホは敵だと思っていたんです。スマホでみんながだんだん写真を撮るようになった意味では、味方なんじゃないかとなった。でもやっぱりみんなが本当にその場の大切さを忘れ、撮ることばっかり考えちゃう。

みんな運動会だけど運動会を応援しない。自分がプロとしてやっているときもそうだけど、撮るのに夢中になっているときは、そのときの場が入ってこなくなるわけですよ。だから例えばみんなでご飯を食べに行っても、みんなが食べる前にスマホで撮り始めると、なかなか食べれないときがあるじゃないですか。

寺沢

出された料理は美味しいところで食べて欲しい思いはあるよね。

平林

飲み屋さんでも追加した料理が来て、「あ、食べたい」と思っても、ちょっと待ってと言われて撮影大会が始まってしまったり。

寺沢

InstagramとFacebookはみんな食べ物ですよね。特に12時台と19時台は。

野村

やっぱりInstagramやFacebookをやると、食べ物の写真が一番いいねがつくんですよね。もう辞めちゃえば良いんですよ。

寺沢

僕は書くことが商売だし、長く書いても読んでもらえる文章が大事だと思っている。それで最初に書いた言葉が最後にも来るようなものが、最近美しい文章だと思い始めているんですよ。

今は原稿を書くにはすごく便利すぎると思っています。僕が日刊スポーツに入ったのは89年ですが、その年から日刊スポーツは書き原稿を止めてワープロ原稿になったんです。新人のときは毎日毎日研修日記を書くんですね。そんなに長い文章を書くものではない、だけど初めて使うワープロだから自分の手のように使わなきゃいけないってことで、最初すごく短い文章に何時間掛かるんだってやっていました。日記もそのときに毎日毎日起こったことが面白くなかったので、通信はこうしてモデムはこうして、電話線を繋ぎ FAX だったらそれが一番良いとしたとします。

そこから自分がすごく野球記者になったつもりで、データをどこかのデータベースから引っ張ってきて、過去の対戦成績を他の記者が紙を持ってあくせくするなか、ササっとやってすぐ出せるみたいな原稿を書いたら、ありもしないようなこと書くんじゃない。と頭をはたかれたことがありますね。当時はこんなことはあるわけないだろうって言われてましたからね。

平林

当時はバイク便でフィルムは運んでいたんですもんね。

寺沢

そうですね。バイク便ならまだしも、僕は大学4年のときに日刊スポーツの静岡支社にいたんですよ。高校野球の静岡準決勝のときのフィルムを東京支社に持っていけと言われて、僕はバイク便みたいな形で新幹線に乗って東京に届けました。届けたところが入社試験の設営会場で、そのとき受けた試験は落ちましたけどね(笑)翌年は受かりました。でもやっぱり昔はフィルムを運ぶのは伝書鳩だったりして、ハトを屋上で飼っていた時期もあったらしいですよ。

平林

ハトって確実性的にどうなのですか?

寺沢

分からないです(笑)。

野村

テレビ番組を含む動画の世界も、クラウドで編集する時代になってきました。マスターの素材ファイルはもうクラウド上にあり、その軽量版をディレクターがダウンロードして編集します。編集するといっても編集データを作っているだけで、それをアップロードしてクラウド側で編集して納品版を作り、そのまま納品出来るようにする感じです。だから複数のディレクターが、一つの映像を同時に編集することが出来ますね。

平林

人に合わなくても仕事ができるようになりましたね。

寺沢

それはある。

平林

でも、いろいろ便利になるわりには、全然生活に余裕ができないんですよ。

寺沢

1本の原稿もしく1枚の写真、それとも動画なのか。それぞれに対する価値が下がってきている気もしなくはないのかな。今だともっと撮れるじゃんみたいな感じで言われますよね。

平林

写真だと一枚一枚がとにかく軽いんですよ。考えずにとにかく頭とカメラがただ撮っているだけで、結果的に分離しちゃっている。どうしようもない写真の数ばかりが増えている。でもきちんと撮る場合、上手くいけば1枚で収められこともあるのが、いま全然出来ていない感じがしますね。そんなに枚数必要ないのに納品枚数だけどんどん増えたり。

寺沢

一枚の写真でいろんな要素を収めるのは快感ですよね。

平林

うまくまとまればね。

寺沢

収めすぎて訳わからなくなるのもあるんだけど(笑)。

平林

よく写真は引き算と言われるのはそれだと思う。例えば3分でプレゼンしてくださいって言われたら、みんな詰め込みたがるじゃないですか。そうすると考えてみたら何も伝わってなかったり。でも逆に切り捨て切り捨てで本当に言いたいことはこれってものだけを言ったほうが伝わる。写真も同じでそこらへんの技術がない人が詰め込むと、本当に何にも伝わらない写真が出来てしまう。慣れた人だとそういう情報の整理ができて、たくさんの情報でも1枚の写真になっています。

寺沢

京王百貨店でやる駅弁大会も、毎年グランプリは「イカ飯」ですもんね。他のところが新作だと言って、ウニだいくらだなんだかんだと散りばめられた宝石弁当だってなってもあまり人気が出ない。僕の仕事ではデスクへの報告というものがあって、デスクは記者がやってきたことをまとめて、誰の原稿が一番かとまとめるんですけど、いろんなことをデスクに見せちゃダメなんですね。

「一番良いやつは○○でした」「分かった、じゃあ本番」いろんなことを言うと、「お前何言ってるの?さっきはこれが一番と言ったじゃん。何で一番が次々出てくるんだよ? お前まとまってないだろ。もう一回出直してこい」と。

結局その原稿は無しになる。そうすると翌日に他のところに抜かれるんじゃなくて、書けなくて他のところでドカーンと跳ねると、「何でこういうネタを!」「いや言いました、俺言いました」みたいなことになる。

自分の原稿の最初に読者になる人がデスクなので、この人をどれだけ驚かせることが出来るかが肝なんですよね。そうじゃないと原稿が書けないかも知れない。テレビは大変ですよね。記事は1テーマで良いけど、でも映像はそうじゃないでしょ?

野村

テレビはストーリーを作っていくってことですかね。番組にもよりけりですけど、バラエティでもドラマでも台本が相当重要です。ドラマは基本的には台本通りに進みますけど、バラエティは台本通りにいかないことが多いんですよ。もちろんそれを色々想定するんですけど、本番でその台本が想定していることを越えたときに、演者さんと真剣勝負をしているディレクターの腕の見せどころが出てくると思います。そういうときに神が降りてくる瞬間があるんですね。だから台本の中にはまだ神が降りてないんですよ。

平林

降りてくる場所がないんじゃないですか?

野村

ディレクターが想像もつかないことが起こっているタイミングが、多分すごい瞬間なんですよね。

寺沢

神が降りる瞬間があるんですね。

野村

ありますね。めちゃイケのスピンオフ番組で「めちゃユル」という生配信番組を、ナインティナインの岡村さんMCでやっていました。もちろん台本もあるんだけど、それを越えたときに毎回すごい事件が起こっていました。

寺沢

新聞はそういう瞬間が無いからなー。新聞は目の前で起こっていることを伝えていくので、はめ込みは無くはないけど、基本的にはフリーでやっていて、その起こった面白いことをすくい上げていくという方法論だから。

平林

その起こったことも、左から見るか右から見るかによって全然違う伝え方が出来るじゃないですか。

寺沢

出来ます。僕は東北の支社勤務と芸能をやり、そこから釣りやレジャー、旅だったり何が流行っているのかを追いかけてました。さらに社会面や、2002年のW杯が来たときはサッカー担当でした。だからそこそこ面白いところの担当はやらせてもらっていたんですよね。

記者をしていると稀にすごい瞬間に出会うことがある

寺沢

仕事をしている中で一番スリルがあって面白かった事件があるんです。ロス疑惑の三浦和義がサイパンに行って捕まったじゃないですか。そのときに社内でもちょっとサイパンまで行くかって話になった。僕は当時サッカー担当を上がった後だったので、パスポートをずっと持っていたんです。それもあって僕がサイパンまで行くことになり、何にも準備してなかったんですけど、南の島なんで何とかなると出発しました。それでサイパンに行ったんですが、そこから滞在した17日間はかなり面白かったです。

まず僕は英語が出来ないし、起こる出来事が毎日毎日違っていたわけ。着いて最初に行った先が領事館だったんですが、僕の英語力だと無理だから、法定裁判があるから法定英語が出来る人を紹介してもらいに行ったわけ。そうすると日本に滞在経験のある半分タレントみたいなジムという男性、それと法律事務所で働いてる真面目な女性。どっちがいいと言われたから、「ふざけているほう」にしてくださいって言って(笑)。じゃあジムだと言われたんでジムに電話しました。

ジムからは昔風雲たけし城でお世話になりましたなんて言われて。そこから話がすごく盛り上がり10分以上話をしていたんです。そこで、じゃあうちの通訳を引き受けて欲しいと言ったら、「ダメなんだよ」って。「えっ、だってこんなに話盛り上がってるじゃん」とこっちも言うわけ。でもジムは既にもう通訳する相手が決まっていたわけですよ。テレビも雑誌も違う、じゃあ新聞と聞くとそれも違う。じゃあどこって聞いたら、「三浦さん」と言うから、えーーーーーとなるわけ。三浦本人からの通訳だったの。三浦さん本人だったらさすがにこっちは無理だねとなりました。

でもジムがこれも何かの縁だからと提案してくれて、ジムが一緒に会社を作っている日本人を紹介してくれました。その裁判で三浦和義に着いた弁護士がバーラインというすごくイケメンなハリウッドスターみたいな人で、みんないつ裁判所に来るか分からないわけですよ。もちろん弁護士事務所に電話をしても、いつ来るか教えてくれない。

ところが僕はジムと一緒に会社を作った岸本さんを紹介してもらい、通訳として雇ったわけです。毎朝その会社のある事務所に9時ぐらいに行く。そうすると必ずジムのところにバーラインから電話が掛かってきてこっちには分からない英語で喋っている。ジムが「これは独り言だけどね」と日本語で言い始めて、「バーラインは15時に来るよ」って。それを聞くと僕はそのままホテルに戻り、プールがあるからひとしきり泳ぎ、岸本さんと昼ごはんを約束してあるので食事に行くわけ。

日本から来ていた他の報道機関の記者たちはその間、バーラインがいつ来るか分からないから拘置所の前でテントを張って、ムラを作っているわけよ。そこに地元の人たちが野宿している人たちがって話になり、そこに出前は来たり何だってなっているけど、こっちの方では岸本さんとゆったり食事をしているわけですよ。

それでバーラインが来る30分前には拘置所の前に行き、バーラインを囲んで話を聞いてササッと戻る。また事務所に戻ると、今度はまたバーラインとジムが打ち合わせをしているわけ。つまり誰に話をしているかも分かるし、話していることが全部分かる。ジムに大丈夫?と聞いたら、良いんじゃない独り言だしだって。全部筒抜けなわけ(笑)。そんなことをずっとやっていたら、毎日毎日日刊スポーツだけが載っているってことが出来てきて、とても楽しかった。

その裁判には各紙、英語が良く出来るエース記者を連れてくるわけ。法廷でその方々の前に三浦さんがいるわけですけど、俺は通訳の岸本さんがいるから、岸本さんに話を聴いといてもらい、ずっと法定の中を見ているわけです。向こうの裁判は面白くて、裁判中にコーヒーが飲めるんですよ。裁判長が「Please coffee.」と言って。みんなそんなやりとりを聴いている。他の報道記者さんはたまに辞書を引いたり格闘しながらやっているわけ。裁判が終わったあとに、みんなでその答え合わせをやっていて、あの輪にだけは入ることをやめようと思って。こっちは岸本さんとそのあとディナーに行くんです。

それである日の法廷を見ていたら、他の記者たちは聞こえてくる英語に集中しているのかみんな下を見ていました。そうしたら三浦和義がコーヒーを飲むときに、コーヒーカップを掴もうとした手がカタカタカタと揺れた。こっちはまさか緊張している?と思って。 今度は左手でその震えている手をパチっと押さえて、そのままコーヒーを飲んだ。それを見ていて「お、これは面白い絵だなぁ」と思って周りを見たら、みんな一生懸命英語と格闘しているわけです。結局その描写を書けたのは僕だけだったんですよ。でも勢いがつくのはそんなところで、そういう記事が書けるとその後の原稿が全部すごく良くなる。