吉本興業を辞めたとき、少しのあいだ海外に住んでましたよね?

吉本興業を辞めるときに、45日間の有給休暇があることを初めて知った。こっちは立場的には後輩や部下にもっと休まなあかんと指導するわけです。僕自身はそんなんあるのさえ知らなかった。要は有給があると退職の手前の45日間は会社に行かなくていいわけでしょ。有給休暇の消化も兼ねてどこに行こうかと考えた。有給休暇中はまだ吉本興業の社員やから盗撮とか痴漢とかで捕まらないでくださいねと言われつつね(笑)。それで行く場所を考えた結果、狭い街ニューヨークにしようと決めた。そのころも90日間ビザなしで入れたから、友だちに宿をいろいろ探してもらった結果、ハーレムの136stに住むことになった。

だいぶガラ悪いところやけど、歩いている人が全員殺人犯でも泥棒でもないし、とりあえずニューヨークへ行き、結果90日間ハーレムに住んでいた。夏のニューヨークは無料でコンサートや映画を上映したりしているから、金はかからずに毎日ぶらぶらしていましたね。英語力は1ミリも上達しなかったけど、コミュニケーション能力は高くなったね。

ニューヨークから戻ると仕事を探し始めて、友だちの紹介で会議も事務所もない会社に入って、会社のブランディングみたいなことを半年ほど手伝ったり、その次は人材派遣のベンチャー企業に広報・プロモ担当で行ったりして。こっちは鳥取に150人ぐらい社員がおって、営業マンと社長だけが東京にいてる。SE系の派遣とかもやってる会社で「スタッフは鳥取ですが、ちょっと安いけど優秀な社員がいる」と営業をかけるわけ。要はこの会社の将来は、良いSEが来ないと仕事は増えへんねん。でも結局クライアント情報を出されへん。だから会社的にはどこの会社のどんな仕事をしているとかを言いたくても、誰も言えない。それでもどうやっても会社を売らないといけない。

当時その会社の庶務の女性が可愛らしい子だったので、取り敢えずこの子にスポットを当てた。「あなたの問い合わせのメールと、あなたの問い合わせの電話を受けるのはこの子です」とネットで見せたら、それだけで応募が一気に増えた。ネットの時代とは言え相手の顔が見えると安心できるのかな? その子が可愛いというのもあったけどね。あと会社の仕事についても何をしているか詳しく言えないから、社員のオフの日の話だけを見せた。働いている連中の魅力の発信やね。

そういう仕事を一年ぐらいやった。その頃に日経BPの編集者がナショナルジオグラフィックスから単行本の部署に異動になり、いくつか企画の案出しをする話を聴き、ちょうどベッキーの話題があったころで、あれだけ吉本興業在籍時に謝った人やし、謝る本を書けると盛り上がり、「ほな書こか」となったのが、そもそものはじまり。企画倒れになってもいいから、取り敢えず何か案を出しておくって企画の1つやったわけ。

でも僕はそのとき謝り方の本ではまだ1冊も書かれへんなって思っていた。だから字を大きくして、イラストもいっぱい入れて、頭を下げるのは何度みたいな本を書こうかなって思ってました。編集者と相談しながらやったことが結果的に、謝らなくていい方法の本が出来上がってしまった。

それまでも書くことは好きやから、たまに何か書くことはあったけど、本格的に本を執筆したのは、2016年の秋からやね。1冊出すとすぐ翌年には刑務所関連の本も出しました。だから書き下ろしの本は、既に5冊あって、そのうち1冊は台湾で翻訳されたりもしています。結局、知らない間に物書きになってしまった。えらいもんで著書があるから、謝罪について話してくださいと依頼が増えた。その中身はコミュニケーションや謝罪、あとは町おこし系や広報の仕事も多いですね。講演会だとコミュニケーションと町おこしをやってみたり、コミュニケーションと謝罪をやったり、町おこしとPRをやったり。パズルみたいに組み合わせてますね。

今は何がメインのお仕事なんですか? あと本を出すスピードが早いですよね

今は本を書くことや、それに絡めた講演会や研修会やね。執筆はiphoneのアプリのメモで書く。例えば本を出版することが決まると、章立てと項目を編集者と決めて、例えば五章立てで各章6項目書くと30項目になるよね。だからメモアプリだと30枚それぞれを作っておく。そして書きやすいところから書き始める。

そう、本を書くのが、iPhoneで書くと聞いて衝撃でした

結局いろいろ書く方法を考えたらシングルタスクが良いことに気付いたんです。家におったらMac立ち上げるは、その横には本も積んでるわ、Youtubeも見れるわと何でも出来るけど、結局いらんことし過ぎるんですよ。それやったらいらんこと出来ひん環境のほうがええよね。それで資料などを当てにせずにとりあえず今日これを書いてみようと、例えば「最高の共感力」っていう本の時でも「友だちの作り方」って書いたらバーっと書くわけでしょ。そうしたら次の項目が「友だちの失い方」とあって、でもそこが書かれへんかったらまだ頭でまとまってないってことなんで、そのときは後で取材し直すとか、調べるとか書いておく。あるもんは全部書き出せるねん。無い袖は振れない状態やから、そういう意味でいうとシングルタスクのメモにしか向かわないというのは、ものすごくストレスがない状態。

よくiPhone1つだけで出来るなと

それが出来る時代やもんね。詳しい言葉の意味や漢字は、たまにWebを見て調べたりするけど、それ以外は調べもんはしないし、国語辞典さえも見ない。あとで調べるためにメモしとくねん。

原稿用紙と鉛筆と消しゴムで、国語辞典を見ながら書いている時代もあったもんね。そのときは何枚書いたか原稿用紙をめくるのが楽しいやん。今は文字数が勘定出来るから、何文字書いたかが楽しみやねん。本1冊だと10万字ほど書くわけやから、それが貯まっていくのが嬉しいやん。

例えば400字詰の原稿用紙だと、もしハイスピードで1時間に5枚書けたら目標が、10万字といえば250枚ぐらい必要なんで、250枚を5で割ると50時間やん。そんなハイスピードで書かれへんとなれば、その倍で100時間。1日8hとしたら2週間ぐらいやけど、一日に8時間も無理やから、またそれを倍にする。そうすると4週間。でも休みもいるから、もういっぺん倍になって二ヶ月ぐらいかなという目算を立てるわけ。

その仕事の考え方は、他の仕事でもそうでしたか?

他の仕事もそうやね。吉本興業の中でサラリーマンをしていても、いろんな仕事があるでしょ。チケットを売ることもあれば、イベントの企画書も見ないとあかん。後輩のレポートのダメ出しもあったり、どっかで決めないとあかん。時間を切り詰めていかないと、てんこ盛りになって分からなくなるんですよ。プライオリティを決めて、時間を見つけて説明することが多かったね。芸人だって昼の2時に舞台がある場合、劇場には約2時間前に入り、自分の出番の前の芸人のネタを見て、今日のお客さんのコンディション知るわけです。

自分の出番までの準備をしよるわけですよ。そういう意味では、僕らの業界も皆さんの業界も段取り80%出来ていたら、あとは0点でも80点を獲れる。まぁ0点はアカンけどね。色々やっているとそういうことが身についたから、今も謝罪の準備や謝罪のシナリオ(設計図)を作るのと一緒ですよね。それはやっぱり上手く整理する力は付いたと思います。計画通りには進まないから、日数を倍見ておこうとか、2週間で行けるかもやけど、2日に1回違う仕事をしているから4週間見ておこう。でも夏休み取りたいし、6週間見ておこうみたいなことを編集者と折衝するんよ。

このごろ本を作るときは、1回も紙でのやり取りはないもん。本当に。テキストをメールで放り込むと、向こうはその原稿を整理してPDFで送って返してくれるから、受け取ったらiPadに落として、そのPDFファイルに全部手書きで訂正などを書き込むわけよ。だから簡単やし、紙は1回も見たことがない。たまに束見本(完成時と同じ紙で製本してみたもの。「つかみほん」と読む)を見せてもらうぐらいで、次にゲラが出てきても、その時もゲラは紙では見ないし全部PDFで見てる。

最近他に使っているのがgoogleドキュメントやね。あれはその場で訂正も全部相手も見えるし便利やんな。

関西のクリエイター事情

関西は僕も含めて、エディターという職業がほとんど無いんですよ。いわゆる情報誌があるだけで、大昔はプレイガイドジャーナル(ぷがじゃ)があって、その後、Lマガジンが出来て、ぴあが出て、そのあとローカル誌はいろいろありますけど、いわゆる編集者みたいな人がおらへん。言うほど出版社もないし編集者もいないから、物書きなんか育つわけがあらへん。結局、東京から来る仕事は一週間でラーメン屋50軒取材するみたいなことをやらされるわけでしょ。関西で腕が上がるわけないねん。それでそういう書き手も東京に仕事を求めて行ってしまったから、本当に今関西のクリエイティブが空洞化している。テレビやラジオもあまりいいスタッフがいま集まって来なくなったね。昔はやっぱり憧れの職業やったのに、でもテレビ局は忙しいし、しんどいみたいな印象もあるもんね。今はどうもそんな感じじゃないね。