メディアでいえばラジオってどうですか?

どうなんやろうねえ。ボクは小学生の時、投稿魔やったし、今は東京の文化放送でレギュラー番組を持ってるよ。大阪は田舎の局まるだしかな。でもそれはそれでええところやけどな。今はradikoでどこにいても聴けるからね。それでもラジオは根強いと思いますよ。パーソナリティがホンマに個性を発揮出来るし、少数で製作が出来るじゃないですか。せいぜい構成作家とパーソナリティ、ブース側にはディレクターとミキサーさんの数人で出来るわけやからね。そういう意味では生放送が命やし、まだまだラジオは面白いメディアだと思います。

昔から言われているけど、テレビは1対nのメディアなんですよね。1000人おっても1000人と喋っている感じがするんですよ。視覚的な力も強いし、ボクもたまにはテレビに出るけど、「テレビに出てたね!」とは言われるけど、何を喋っていたかは誰も覚えていない。出てたことだけ記憶されてる。逆にラジオは1対1のメディアで、話し手は「あなたに話しています」という感じやね。目に見えていないから、ラジオを聞いていてくれた人は「こんなこと言っていたね」と言われる。つまりテレビで何を言っても忘れるし、誰も聴いてへん。だからある程度過激なことを言ってまたテレビに使ってもらえる仕事の仕方でないと、テレビ人にはなれない。だってみんな出ている人は、自分の仕事に関係ないことをあんだけ無責任に喋ってるねんもん。テレビはそういう集まりでいいんですよ。テレビは出ていることに意味があって、喋っていることに何の意味もない。逆にだからラジオは面白い。久米宏さんは、東京オリンピックを止めろってまだTBSのラジオで言うてる。

竹中さんが入った当初、吉本興業はどのくらいの規模でしたか?

入った当初は社員数十人でタレント100人ちょいぐらいかな。もう今はバイトくん入れたら社員1000人でタレントは6000人。顔も名前も分からんぐらい多いから、あんなチュートリアルの徳井君みたいなのが出てくるね。あれも修正でお金を払ったことすら本人は会社には報告していなかった。あの記事が出て初めて吉本興業に報告しとんねん。徳井君は大阪で会見をしてたんやけど、急がなあかんのは分かるけれど、本人も会社も全貌を把握していないから記者と向き合っても全然間に合ってない。だから結果的にぐだぐだになってしまい、使う言葉が「国民の皆さんにお詫びする」って、「お前、安倍首相か!」みたいなね。

漫才師が「国民の皆さん」みたいな言い方をするか。それも含めて整理がついてないわけ。吉本が急に知ったのは前日で、テレビの収録も放送するかも決めてない。それであの会見でしょ。もう本人もたまったもんではないやろうね。そんな状態では収録も力入れへんやろうし。収録終わってからすぐ会見しても何しゃべっていいか分からへんし、何があかんかったかも分からへん状態でしょ。一方でウーマンラッシュアワーの村本君は、俺は税金をちゃんと払っているから、税金を払ってないやつも避難所で受け入れたれと村本君は言い切るんよね。税金払っているやつもおるけど、払ってないやつがおってもええやんと。こういうときに、そいつの持っている根底にあるものの明暗が出ましたよね。

NSCには良い面と悪い側面がある。NSCに入った途端、「自分は吉本興業の芸人だ」と名乗る輩が増えたというのもあるね。「養成所では礼儀作法は教えてないしな!」とかも。でもNSCを作ったからダウンタウンダウンもナインティナインもおるわけでしょ。それを作ればいろんな歪も、ええこともあるでしょ。NSCを作ったから、そんなだらしない芸人が増えたというのは、だらしないのはその芸人本人で、NSCのせいじゃないですよ。言いたがる人はおるんですね。

NSC出身じゃなくて、弟子から育った人は、要は「しごかれずにヌクヌクと大きなって、金を払ったら芸人なれるって思ってんやろお前らって」言いたい人もいますねん。関係あらへん。芸人は売れたら勝ちやもん。

だから闇営業問題のときも、安くてもいいから固定給をタレントに払ってやれって声があった。そうすればそんな闇のアルバイトみたいなことはしないと。芸人の仕事は食えないのが当たり前で、固定給をもらったらアカン仕事なんです。金やれってやつがおったらね、それは払ったらアカン。それをちゃんと吉本の岡本社長も論破せえへんから、「9:1という噂ですもんね」「固定給でも払わないからこんなことするんですよね」って言うやつが出てくんねん。闇営業で半グレの仕事をやったやつは、こいつ自身がダメってことを言わないといけない。会社もそれを管理し損ねた反省をせんとあかんねん。でも宮迫君の会見にしても、吉本の会見も誰が、誰に、何を謝っているのか分からへん。

後出しジャンケンをやっていても0点やし、宮迫君も時間が経てば経つほど印象は、あれは自分の保身だった印象しか残ってへん。それは残念なところですね。本当は半グレが強奪した金で、飲んで食って騒いで笑っていたことを反省すれば良いわけです。吉本もそんなことをした芸人がおったことを、管理者として責任を詫びればいいんですけど、どこを詫びたか分からんまま、泣きながらこんなことを言いたかったわけではございませんて、それ言うてるやん。言うつもりがなかったことがあるなら、言うたらダメですよ。それが二つの会見のダメなところですね。

自分のマネージメントは、下手だったことに気付いた

僕は「とりあえず辞める」しか思わなかった。稼ぐのはバイトでも何でもええと思ってたもん。死なへんかったら良いと思っていた。肉体労働はこの歳やと無理やけど、仕事は何か倉庫番でも何でもあるやろうと思った。自分のキャリアを使いたいとか何にも考えてなかった。それをきっと考えてたら、あれ嫌やな、こんなんやったらええなとか結局躊躇してたかも知れん。やりたい仕事が見つかって、会社を辞める人もいるし、それはそれでええと思う

僕はもう何もなかった。自分は人のマネージメントをするのは達者やったけど、自分が自分のマネージメントが下手くそやって気づいたんですよ。これ僕は自分のことは下手くそやと思ったから、これはもう1回自立せな無理と思った。家のローンも終わりかけていたし、ちょっとずつ貯金を減らしていっても、働きさえすれば0にはならへんわけやからね。僕は何とかなると思って辞めてから探そうと思った。両親の世話も終わっているし、子どもも一応手を離れているし、独身も長いし。そういう環境もあったと思いますよ。仕事を決めずに辞めたのはそれかも知れない。

あんまり先を考えなくても良かった立場でもあったからね。もちろん会社の専務や社長までやったから会社のことをどうするねんという説もあったんですよ。説もあると言っても、所詮は雇われもんの専務や社長やから、それは言っても大企業のギアの1つやんか。それは無責任だと言う人もいっぱいおったわ。僕が社長で自分がほんまにオーナーやったら責任を感じるけど、僕は雇われてるもん。もっと言ったら、専務これやっとけ、社長もあれやっとけって最後まで命令される立場やったから、そんな命令される側が決めていいことは、会社を辞めることやったから決めた。だから自分で決められることは会社を辞めることやった。よくよく考えると何も難しくない。

最後に会を開くとか、花束をもらうことも1回も無いもん。ある日突然カットアウトした。もう今日で最後!みたいな感じ。何も挨拶しないし、誰も挨拶しない。そんなん挨拶してたらキリないもん。誰が先に聞いたとかなるし。そういう芸能の古いしきたりもあるし、サラリーマンとしての先輩後輩もあるし。別にエンタメの業界で飯を食おうと思ってなかったから。決めるってことは、自分で決めれることやねんけど、僕にしたらそれは会社を辞めることやった。

僕のせいで周りの人が辞め始めたと思わへんし、それはいてないとは思うけど、辞めたいなって人がおったら、先に辞めなさい、辞めてから考えなさいというのは薦めてる。例えば定年を過ぎたら年収も半分ぐらいになるわけやんか。それも良しとせえやと言われながら、同じ責任を持った仕事をするわけでしょ。それにも耐えられへんという予定もあった。結局給料下がるは同じ責任を持たされるのは無理やと思った。それもあったんで定年の60歳で吉本を辞めるんじゃなくて、ちょっと手前で辞めようと思って56歳で辞めた。60歳になってから吉本を退社しようと思っていたら、もしかしたら辞めてへんかも知れんな。ずっと吉本で働くストレスはお金で買おうと思ったから、ストレスを0にしたら給料が0になった(笑)。ストレスフリーは0円(笑)。そういうことやんな。

辞めてから違うことでシャカリキになれるものを探そうと思ったから、辞めないと始まらなかった。辞めることが始まることやってん。考えてから走るじゃなくて、走ってから考える時代もあったけど、もう50歳過ぎたら無理やね。今でいうと65歳まで下手したらこの先70歳まで会社は雇用するわけ。僕に言わせたらまたストレスを持ったまま、お金の付き合いだけでおるわけやしさ。もっと言ったら偉そうな権限を持ってるやろうけど、クリエイティビティは全然無くなるし、お笑いのこと、吉本のことを良く知っているおっちゃんになるわけやん。そんな爺さんになりたくなかった。でも吉本を辞めるときに本を書こうなんて1ミリも思ってなかった。