最初からサンクトガーレンで働かれていたのですか?

サンクトガーレンは3社目です。もともと新卒でアパレルの会社に入り、今はなき横浜のフードテーマパークの広報を経て3社目がサンクトガーレンです。サンクトガーレンとはもともと2社目のときの取引先だったんですよ。そこでたくさんのイベントをやっていたんですが、そのなかで全国の地ビール100種類を集めるイベントをやり、サンクトガーレンとはそのときに出会いました。まだそのときは社長が1人で会社をやっていました。そのイベントを担当した際、地ビールの勉強をした結果すごく地ビールが面白いと思ったんですけど、それがあまりにも世間に知られていなかった。今でこそクラフトビールは知られてますけど、その時はまだギネスビールがやっと知られてきたぐらいでした。

本当に全然知られていないのが、もったいないと思って。私はサンクトガーレンの社長と面白いことをやろうみたいなノリで最初に手掛けたのが、チョコレートビールだったんですよ。社長がもともとすごく黒ビールでアルコール度数が高くて、ちょっとチョコレート風味のビールを作りたいなと話していたんです。それを私がバレンタインに合わせて出したらいいよと言って、リリースしたらものすごいことになって。社長ひとりではどうにもならなくなってしまい、そこで手伝ってくれと入ったのが経緯です。だから最初は本当にお金も発生していなくて、そこから入社して給料を貰うようになりました。

業界に入ったころは、クラフトビールが全然知られてないから、とにかくみんなに知ってもらい飲んでもらうことが優先でした。それがもうある程度出来てきたという意見もあるんですけど、まだシェアが全然ないんで、全然まだまだ足りてないんだろうなとは思っています。クラフトビールの盛り上がりは首都圏が中心なんですよね。買える場所、飲める場所も首都圏に集中しています。地方に行くと、やっぱり全然知らないんですよね。

飲酒人口も減っているじゃないですか。飲酒人口は減ってビール消費量も落ち込んでいると言いつつ、オクトバーフェストの盛り上がりを見ていると、全然ビール行けるじゃん!とか、こんなに ビールを飲んでくれているのにと思ったりもするんですよ。でもここに来ている人がクラフトビールを家で飲んでいるかといえば、たぶん飲んでないんですよね。ここに来て飲むことがすごく楽しいみたいな感じなので、結局数字だけ見ちゃうと、まだまだなんだと改めて思っちゃいますよね。

最初は社長ひとりだったんですか?

そうです。いま日本では地ビールの会社が300社以上あるんですけど、サンクトガーレンは規模的にはおそらく10本に入るくらいの出荷量はあります。でも社員は今でも4人でやっています。この業界は装置産業といえば装置産業で、ビールを一回に作る設備を大きなものを持っていれば、1回で作れる量はでかくなります。それよりも時間が掛かるのは、実はパッケージングだったり発送やそれこそどうやって手に取ってもらうかのほうが大変ですね。

ビールを作るより、作ってからのほうが大変ですか?

そう思っています。

社員数は今も4人なんですか?

そうなんです。けっこう大きい会社だと思われている方が多いんで、皆さんが工場に取材に来るとびっくりしています。しかも4人しかいないんですかって必ずなります。それでも工場の規模も、神奈川のクラフトビール会社の中で最も大きいんですよ。もちろんキリンさんなど大手のビール会社よりは全然小さいんですけどね。

4人の役割を教えて下さい

社員4名中、2人が完全にビール作りとパッケージの作業をしています。それで社長がいて、うちには営業がいないんですよ。だから私が担当するPRであったり、取材記事を見た人、あとはオクトバーフェストのような飲める場所で飲んで美味しかったと思った人が、取り扱いたいといってくれて、どんどん拡がっている感じ。基本的には買ってくださいと頭を下げたり、試飲サンプルもあまり出さないです。冷蔵保管が必要だし、消費期限は短いし、値段も高いので。こっちからお願いして置いてもらっても続かないんですよね。やっぱり自分からサンクトガーレンのビールを扱ってみたいと思って、声をかけてくださる方の方が続きますね。特にうちはビールの種類が多いんですよ。季節限定も入れると8種類ほどあるんですけど、全部の種類を扱ってもらうのは難しいので、直営店がほしいと思っています。

うちみたいに直営店を持たないクラフトビールメーカーの方が珍しいと思うんですよね。例えばベイブルーイングさんや横浜ビールさんとかもみんな持っていて、やっぱり自分たちで作って自分たちで売るのが一番良いですよね。

ビールの種類はどれぐらい作れるのですか?

基本的には作れるタンクの数は決まっているんで、出来るビールの種類は限られているんですけど、例えば、バレンタインに黒ビールでちょっと高カカオのチョコレート風味のものを出しています。毎年一種類、新しいフレーバーを出していくんです。それはほとんど会議などせず、私が思い付いて社長が実現可能性を探り、出来るなら作ります。マーケティング調査をするお金も人もいないんで、そのぶんひらめきの要素も大きいですね。

大手メーカーだと失敗したときの量もすごいので、ひらめきで商品をつくるなんて考えられないでしょうけど。他には例えば、オクトーバーフェストでは、台風15号の影響で小田原で出荷目前の梨が落下しちゃって、それを使ったビールを作って出しています。これは横浜オクトーバーフェスト限定で、こういう場でお客さんの反応を見ながら、反応が良ければもうちょっと大きく作って、ビンに詰めて出そうかと考えたりします。

フルーツビールはあまり知らない方から見ると、“なんで梨がビール?”みたいな感じがあるんでしょうけど、世界的に見るとビールはすごく自由で焼いたマシュマロを入れたビールがあったりします。他にもさくらんぼを入れたビールがベルギーにあったりとか。

だから私たちにとっては全然違和感はないんですけど、全然知らない人から見ると、すごく変なんですよね。私がこの業界に入った10年前はイベントで普通の定番商品とちょっと変わったフルーツビールなんかを出すと、それは全然売れなかったんです。でも今例えばオクトーバーフェストで一番売れているビールは桃を使ったビールなんですよ。桃はここ数年すごく売れますね。このビールは山梨でホップを仕入れにいった先で知り合った桃農家さんの桃なんです。この桃は規格外品を使っていて、桃の色づきがきれいに出来ていないものを買い取ってビールに利用します。

フルーツビールの最初は、湘南ゴールドっていう神奈川のオレンジを使ったビールなんです。大量の湘南ゴールドを仕入れるにはどうすれば良いんだ?というのがスタートで、農協やあちこちに電話していると正規品は高いわけですよ。そうしたら規格外品があると教えてもらいました。そこから調べていくと果物って実はその収穫量の1/3ぐらいが規格外品なんです。一部はジュースになったりもしているんですけど、家畜の餌になったり、使いみちがない場合は廃棄になるのですごくもったいなかった。だから規格外品を使い始めて、それの利用を知らせ始めたら、今度は逆にオファーをいただくことが増えました。例えば今回の梨も、湘南ゴールドを入れている神奈川のJAから声掛けいただき、ちょうどオクトーバーフェストも近かったので、急遽梨のビールを作りました。

神奈川にはこだわりはあるんですか?

実は神奈川にはこだわってなくて、むしろ神奈川はそんなに果物が多くないんです。例えば、リンゴだったら長野の伊那市のものを使っていたり、他のところでも声を掛けていただいて、タイミングがあったら、前向きに検討しています。でも、フルーツビールを作るのは、結構現場は大変です。普通のビールを作る+果物の加工もあるんで。

平林

何でもビールになっちゃうものなんですか?

中川

なりますね。果物を使ったものかどうかはどこで一番分かるかというと、香りだったりするんで、柑橘類がすごく香りがあるんでやりやすいんです。結局使うことが出来ても皆さんが飲んだときに、ある程度梨とか桃とかはすごくわかりやすく、果物の味もしつつ、でもビールというバランスにこだわっています。ジュースじゃなくて確かにビールみたいだというバランスに結構こだわってますね。

サンクトガーレンのビールが脚光を浴びたターニングポイントは?

最初に火が点いたのは百貨店からだったんです。それこそチョコレートのビールでした。やっぱり百貨店のお酒売り場にビールを買いに来る人は、わざわざそこで発泡酒を買ったりする人たちではないじゃないですか。結果的によく売れたんですよ。私たちもそのときに気づきがありました。ビールを作って売るとなると、どうしても最初に酒屋さんや、それこそイオンみたいなところに並べてもらいたいと思ってたけど、私たちが作るビールは百貨店のような場所が合うのかもと、全国の百貨店のバイヤーさんに、こんなビール作ってますと案内状を送ったりしました。そうすると結構反応があり取り扱ってもらうことが出来ました。

お酒売り場はそれまでバレンタイン商戦に絡めなかったのが、バレンタイン商戦に絡めるようになったことが良かったみたいです。そうすると今度クラフトビールの各社が同じようなものをいっぱい出してきましたね。それこそ冷蔵庫一台がチョコレートビールコーナーみたいな感じになったり。でもその辺りからビールはチョコレート風味やいろんな味があるんだと知った人たちが出てきて、そこから興味を持った人が増えて良い感じになっていきました。自分たちでも最初狙ったわけではないんですけど、ここを攻めれば良いんだって感じでしたね。

最初に百貨店の方に声を掛けていただいたのは、横浜の高島屋のバイヤーさんでした。当時フリーペーパーで人気絶頂だったR25の巻頭で取り上げていただいたことがあり、それを見てくださったバイヤーさんが声を掛けてくださいました。でもその年はもうバレンタインが終わりそうだったので、本当に1年越しで交渉していて。翌年実現したら百貨店で毎日入荷量が完売で、本当にありがたい出来事でした。

だから全国の百貨店さんでも、何かすごいものがあるらしいとなり、取り扱いが拡大していきました。その頃はすごく地ビールなんかその土地のお土産物みたいな扱いだったのが、土地に関係なく取り扱われて、北海道の百貨店で取り扱われたりしたんです。