ブルーナさんの代表作である「ミッフィー」の絵本について教えてください。

画期的な絵本だった。今や誰でも知っているミッフィーの絵本は1955年のオランダで誕生しました。最初に出版された絵本は、まだその当時一般的だった長方形の形の絵本でした。

さらにはまだミッフィーも形の成立していない頃で、その姿は少し斜め前を向く形で今のように正面を向いていませんでした。

その後、もう1度同じ作品がブルーナさんの手でリメイクされ1963年にオランダで出版されました。そのリメイクでは、絵本の形が今と同じような正方形になり、ページ数がより減りました。

そんな世界的なキャラクターになったミッフィーの存在にいち早く気付き、翻訳出版したのは実は日本でした。1964年に福音館書店から、「ちいさな うさこちゃん」というタイトルで出版されました。世界的に見るとミッフィー自身の歴史は、オランダを除けば世界一古いのが日本になるんです。

ブルーナさんが生まれ、創作活動の中心だったオランダで、ミッフィーは国民的なキャラクターなのでしょうか?

国民的なキャラクターと言えば、国民的なキャラクター。チビっ子のための絵本ではナインチェ(ミッフィー)はみんなが知っている。知らない人はいないと思うんですよね。

ミッフィーはもともと誕生の地オランダでは「ナインチェ」と呼ばれていますが、なぜナインチェではなくミッフィーという名前がメジャーになったんでしょうか?

もともとナインチェは、オランダ語でウサちゃんみたいな感じのニュアンスなんです。ナインチェというオランダ語の呼び名は、英語圏の子どもにはとっても発音が難しかったみたいです。だから、結局英語圏ではナインチェの呼称のままでは使いにくいということで、英語に翻訳するとき、英訳を担当する翻訳者とブルーナさん自身がミッフィーという名前を命名したそうです。

鐵田さん自身もブルーナさんと仕事で交流が何度かあったと思いますが、ブルーナさんとは何かエピソードはありますか?

実は僕もブルーナさんとは何度も会ったことがもちろんあります。彼は非常に気さくな人でした。こんなエピソードがあります。ある日、彼が行きつけのカフェに見に行ってみたら本当にいました。ちょうど日本からの旅行者がブルーナさんに話をしていたところに出くわしました。日本人のほうが英語もあまり分からず苦労していた様でしたが、私が助け舟を出すまでもなく気さくにその旅行者の差し出す本にサインをしていました。

主にミッフィーの作品群に使われているカラーはすごくオリジナルで印象的で、それ独自の配色があると聞きました。

ブルーナ・カラーのことですね。このパターンはチップに練り込んで作っています。もちろん今は必ず色の指定はこれを使うのですが、彼の作品の展覧会などをやるときに、実際にオランダから原画を借りてくると分かるんですけど、ブルーナさんの初期の作品の頃はやっぱり、ポスターカラーのように絵は手塗りなんですよね。つまり最初からブルーナ・カラーじゃなくて、創作活動を続けるなかでブルーナさんは、本当に自分の色はこれだと決めたんだと思います。一度カラーが決まって以降は、カラーチップで指定するようになりました。

実際に日本で「ちいさな うさこちゃん」が出版されて以来、ミッフィーの影響力は日本では拡がっているんでしょうか?

拡がっていると思います。やっぱり百何十回も重版かかってますし。例えば僕自身もミッフィーの絵本を持っていた記憶があるんです。

僕の原体験としては、「うさこちゃんとどうぶつえん」という絵本を祖父母の家で読んでいた記憶があって、絵として記憶にあるのは、絵本の中にオウムの絵だけはずっと憶えています。僕は63年3月生なんだけど、オウムの絵を読んでたなと記憶にあるのは、たぶん1〜2歳のころの話だと思うんですよ。福音館から「うさこちゃんとどうぶつえん」の初版が出版されたのが64年なんですよ。たぶんその頃に祖父母の家の近所の本屋で、ミッフィー(うさこちゃん)の絵本は売っている状況だと思うんですよね。

日本でミッフィーの絵本の需要がずっと続いているのは、世界的に見ても日本は初出版からの期間が長いし、それなりに市場も大きく、その意味ではブルーナさんの作品自身が息の長い作品であることはもちろんだけど、日本自体がキャラクターや絵本等の作品に対しての関心が深い国民性であるということの両方が要因としてあると思います。

いま世界中を見渡してみても、なかなかミッフィー以上にシンプルで印象的なキャラクターが新しく登場しない状況をどう捉えますか?

ミッフィーのように昔からの作品で、それなりのオリジナリティーを出している中では、同じことをやると二番煎じと言われるから、それを越えることは相等難しいことと言えますよね。

やっぱりスヌーピーやミッキーマウス、例えば ピーター・ラビットみたいなものになると、それとは全く違うものを構想するってなるとなかなか難しい。アイデアは人が使っているものがいっぱいあるし、ある意味でミッフィーのシンプルさというものを、ブルーナさんは極めようとしたから、シンプルさでブルーナさんに勝負しようとするのは、よっぽど強力な違うアイデアを出さなきゃいけないってことになると、簡単ではないし、ハードルがかなり高くなる気がします。

二番煎じに似た話でキャラクターと被ることも、過去話題になったものが多くあると思います。

キャラクターが被ることで。物議を醸した過去は確かにあります。数年前にはオランダでうさぎのキャラクターと、ミッフィーが混同されたケースがありました。それが揉めた結果、裁判にもなってしまい大きなニュースになったんですよ。

ただ最終的にその裁判は、版権元の会社同士が喧嘩していても仕方ないかということでお互いに喧嘩は止めましょうとなりました。その代わり裁判費用でこれからかかるはずだった費用をお互い持ち寄って、震災の被災者に寄付する話になり、本件については結果的には美談で終われました。でもお互いに真似した、真似していないといった話が争点の1つになることもキャラクターの世界では得てしてありえますよね。

話は変わるわけなんですけど、ブルーナさんが楽しかった・やりがいを持っていた仕事はどんなものがありますか?

ブルーナさん自身は若いころから元々絵を描く仕事がしたかったと言っていたけれど、自身のことをイラストレーターではなくてグラフィックデザイナーだと自己紹介していました。デザインが好きな仕事だったみたいです。ブルーナさんが最初に手がけた仕事は、生家の出版社が出版する出版物の表紙をデザインすることでした。デザインしたジャンルの本は、ミステリーやスパイ小説など大人向けの作品の表紙がメインです。

その仕事でいろんなことを試しました。例えばデザインをコラージュで見せてみたり、いろんな方策をやって、それをシンプルにすればするほど、ブルーナさんはシンプルなデザインというものが強い力を持つことを気付いたんです。そういう経歴だから、すごくシンプルにデザインすることに重きをおいている人でしたね。

そんなシンプルへの探求は、ブルーナさんはいつから始めたのですか?

画家のマティスにも大きな影響を受けたブルーナさんは、デザインをシンプルにする試みは相当早い時期から考えていたと思います。シンプルそのものを極めることでいうと、例えばミッフィーよりも前に出していた違うタイトルの絵本「りんごぼうや」という絵本ではミッフィーよりも2年ぐらい早くその試みを垣間見ることが出来ます。

その辺を考えると必ずしもミッフィーだからシンプルを極められたという訳ではなく、ブルーナさんの作品全体がシンプルな方向を極めようとして動いていたと思います。