喫茶ランドリーはできてからどのぐらいになりますか?

大西

来年(2020年)の1月で2周年を迎えます。最初は、自分たちでお店に立っていましたが、そこから地元のママたちがスタッフになってくださって、いろんな人たちに使っていただくまで1、2カ月でした。スタートダッシュが本当に速かったですね。

平林

人が集まれる場所が欲しいんだけど、無いんだか見つけられないんだか。

大西

実はどのまちにも、本当に少ないですよね。大小いろんなことに喫茶ランドリーのスペースを使っていただいていますが、小さなコミュニティは、私たちの見えない建物の中にたくさんある。ただ、居られる場所がない、やりたいことができる場所がないんです。ある日、モグラ席で編み物をしているご婦人たちがいらして、話をしていたら「これ、スタバではできないの」と仰っていました。あれは印象的なシーンでした。

日本人だからみたいなステレオタイプが変わりつつあるかも?

田中

我々がやりたいと思っているようなことも、日本人だからできないとか、つべこべできない言い訳する人が多いです。でも、世間で語られる日本人のイメージって、明治以降、戦後の短い歴史観のなかでつくられた“日本人”です。もっとそれ以前の江戸時代や、それこそ縄文時代まで遡ると、長い歴史の中での“日本人”は全然違う日本人像だと思うのです。

これはメディアでも現代でも同じことが言えます。同じメディアで同じ情報を聞いて、一つのことを信じてくださいってことは、いつまでもコントロールできない。そういう意味で、今は良い過渡期なんじゃないかと思っているんです。

その意味では、この場所も一元的に取られがちですよね?

田中

なるなる。みんな何か新しいものに触れたときに、自分が知っている何かに記号化して当てはめるからね。そのほうが分かった気になれるし、自分が吸収できたように感じるから。だからよく「喫茶ランドリーってコミュニティカフェなんでしょ」みたいな感じで言われがちだけど、私はそんなことは一言も言ってないんですよ、(さらに強調して)一言も言ってないんですけど、勝手にレッテルを貼られるってことはあります。

喫茶ランドリーができた当初は、全国からとにかく「コミュニティ」という言葉に反応する人たちがたくさん来てくれていました。でもたぶん今は、コミュニティ好きの界隈では、私は相当評判が悪いと思っています。例えば「私もコミュニティカフェやっているんですよ」って自己紹介をされると、カッチーンとくるんですよ。「も」じゃないから。ってすごく態度悪くなる(笑)。

大西

瞬間で顔に出るもんね(笑)

田中

東日本大震災以降、「絆」とか「コミュニティ」が絶対善みたいになっているんですよ。でも世の中に絶対の善行なんてあるわけがない。コミュニティができたらできた分、そこに壁ができるし、コミュニティの外にいる人をどうするか、意識が向かなくなるリスクもある。つまり何をやってもリスクがある。コミュニティというものは破壊行為と表裏一体であることに対して、そのことへの畏怖や謙虚さが消えてしまっていて。

コミュニティ関係のひとが、よく私を掴まえて「僕こんなにコミュニティが好きで、人の集まる場をを作りたいと思っていて」と2〜30分、一方的にしゃべってきます。もう途中から、傾聴者を私から壁にバトンタッチしたいぐらい。その時点でコミュニティ云々以前の問題じゃないのって思う。相手のことを慮るコミュニケーションを取ることよりも、自分のすばらしさ、がんばりを披露したいだけなんですよね。本当に闇が深いと思います。

大西

自分のため、他者のため、どちらに主眼を置くのか。そういう人たちのほとんどは、自分が置かれた状況、抱える問題解決のため、つまり自己補完のために、コミュニティが大事なんですと、話がはじまります。でも、そんな価値観に基づいた場を作れたとしても、最大限他者にひらくことは実現できません。

平林

僕は震災後に東北へ行って、ガレキ撤去をボランティアで手伝っていたんですけど、その縁もあって、それ以来8年ぐらい被災地の写真を取り続けているんです。向こうですごく感じたのが、いっぱいボランティアが来るので、最初は地元の人たちも嬉しいわけです。だけどみんな地元の人たちのお手伝いをするために来たわけじゃなくて、意外と自分のためなんです。だから、被災地の人はいろんなことをやって欲しいのに、そういう人たちは自分の仕事を選ぶんですよ。自分のための被災地でのボランティアだから。

田中 大西

いやーー(悲鳴)

わかるーー。

平林

これが誰のためかといえば自分のためなんです、判断基準が自分に何らかのプラスになるか、利益になるか、だからです。

大西

そういうことです。だから我々は、「喫茶ランドリー」も、他のプロジェクトも、大きくいうと社会のためとか、この街のためであって、一切自分たち自身を補完するために、やっているわけじゃないからね。

田中

自分たちのやりたいことと、社会のためにやりたいいことのベクトルの置き方が逆なんだな。私はここを完全に、自分で良かれと思うことを、勝手に強く開いているだけなんです。人に良かれと思ってもらえることを先に立たせて、自分の興味に蓋をしてしまうことは、私にはできない。常に自分の手を汚して自分で自分の手綱を握り続けていないと、軸がぶれて、何のためにやっているのわからなくなってくるんだよね。それは他のことでも、みんな同じ。

だからコミュニティが好きとか、人の集まる場所を作りたいですっていうひとに対しては、すっごく警戒してるし、9割には中指立ててます(笑)。

でも、その中でも本当に1割くらい、真摯に一生懸命に、意味のあることをしようとする人がいるんです。そういう人は、話せばすぐにわかる。逆に意味のないことをしている人は、話しているときからマスターベーションなんです。とにかく自分の話ばかり延々と長くて、しまいには「いいことしてますね」「すごいですね」とこちらが言うのを待っている感じ。欲しがられれば欲しがられるほど、絶対に言うもんかって思っていますけど(笑)。

以前からの仕事のつながりでこの場所ができたんですか?

大西

僕は建築家になりたくて建築デザインを学んで、設計事務所にも勤めました。田中は建築が好きになっちゃって、文章を書くことをやりはじめ、僕は設計をやめて編集やデザインをやってたんです。それこそ田中と二人でいろんな建築家に話を聞きに行って、建築家の本を作ったり、雑誌の特集を担当したりってことを十数年やっていました。それがいくつかのでき事が連鎖して、あるときから田中がオリジナルの屋台を持って、まちでコーヒーを配りはじめたんですね。配り始めると、だんだん見えてくる街の風景の解像度があがったり、コーヒーを配るだけで知らない人と話せるんだねみたいな気付きがいろいろありました。

そろそろ編集のほうで株式会社を作ろうと思っていたら、田中から、「私グランドレベルって会社を作りたい」と言われて、それこそ急に言われて、何をやる会社なのって聞いたんですよ。そうしたら田中は、分かんないと(笑)。でも、これからはまちの一階が大事なんだと言うわけ。困ったなと思いながらも、彼女の言わんとしていることを紐解きながら、一念発起してこの会社を作りました。それで、グランドレベルって会社は、1階専門の会社なんですと、まわりに言いまくっていたら、最初に来た仕事が、この築55年のビルの1階にについて考えてくださいという依頼だったんです。

最初、僕ら自身がここで喫茶ランドリーをやろうなんて思ってなかった。こういうランドリーがあって、なんかこんな形で過ごせるようなカフェが、この場所には最良だと思うから誰かやってくださいと、カフェ事業者を連れて来ては説得してたんです。でも、みんなビルの手前の角を曲がって、住宅街にこの1階がパッと見えたとき、もう中は見なくていいですとなるんです。こんな立地だと絶対大赤字で無理ですよと。

でも、あぶない橋を渡りたくなる以上に、田中にも僕にも、ここはこう変われるという成功のイメージが頭にできているので、徐々に自分たちで運営するということで、舵を切りはじめました。でも、本当にカフェ経営なんてド素人わけです。レジも看板もないところから、最初は田中と二人でお店に立って始めたんですけど、それが1ヵ月、2ヶ月と来て下さる街の人たちと対話を続けていると、手をさしのべてくれる人が出てきたんです。

あるとき近所の方がじゃあ私ケーキを焼けるよと持ってきてくれたり。そうしたら、こっちは「それ明日から売っていいですか」となりますよね。そうしたら、あそこにいるママは働く場所を探しているらしいよと。話を聞いたらカフェをやるのが夢だったと。しかも料理は何でもできてと言うので、話をうかがいながら、僕らは途中から頭を下げてましたね(笑)。

最初は好きな料理やケーキを作って、試しに売ってみてくださいと。反応を見ながら、原価計算をするのは後からにしましょうと言ってました。喜んで、明日はこれやってみようかなってどんどん良い連鎖反応が起きました。最初にワンオペにしたことも、結果的には良かった。カフェのプロから言うと、通常これぐらいのカフェだと3、4人スタッフをおかなきゃダメだって言われるんだけど、僕らはそこが不安だったので、最初に1人と決めちゃいました。そうするとメニューも自然とドリンクもフードもメニューが少なくなります。それでもお客さんはこの場所にいられることの価値を買ってくれるだろうと。意外とこれが、そう信じていたようにこの場にフィットしていきました。

平林

先に利益だけ追求していても、対して利益にならなくて、それよりもこういうことをしたいだったり、やるべきだってところから入ってやっていくと、後からついてくるのが正しいと思っていますね。大企業だったらそんなことを言ったら駄目かも知れないけど、僕は個人だからね。でもそのほうが芯があれば進むんじゃないかなって思うんだけど。

田中

世の中にあるほとんどの飲食店が、もっと美味しいですよ、もっと安いですよ、もっとオシャレですよ、というですよね。そんなもの、もっと資本が大きい、という競争みたいなものだから、こんなちっぽけな個人が相手になれるはずもない。そもそも、飲食店というより私設の公民館を作ってみたかった。だから“もっともっと競争”の土俵にいかに乗っからないでいられるかってことは、最初から考えてました。

大西

以前、飲食業界の雑誌の取材を初めて受けました。その一つ目の質問はターゲットについてだったんです。僕ら「はっ」っと思ってね。そうか、通常はターゲットを明確に考えるんだ、そりゃそうだよなと。あらゆるスタバだって喫茶店だってターゲットを考えてやってるんだって思って。だから僕らはターゲットがないことが、ターゲットですとか言って(笑)。編集者の人も「はっ?」という感じになっちゃって(笑)。そうだよなとか思いながらも、僕らは本気でノーターゲティングだと考えてた。0歳から100歳、ベビーカーの赤ちゃんから、おじいちゃんおばあちゃんまで来て欲しいっていう思いが最初の出発点でした。