NHKから独立されて、いまはどんな仕事を主にされていますか?

うーん、なんでしょうね。いろいろありますが、主には企画を立ちあげたり、実行する仕事が多いですね。ラグビーワールドカップ関連の企画をやっていたりJリーグの社会貢献プロジェクトのプロデュースや鉄道会社の新規事業の立上げなんかもやっています。また、NHKの仕事も引き続きやっていますし、来年パラリンピックのときにリリースされるゲームのプロモーションの部分をやっていたり。

例えば、ラグビーワールドカップの企画「丸の内15丁目PROJECT.」だったら、ワールドカップのスポンサーになった三菱地所のラグビーワールドカップ2019プロジェクト推進室(通称:ラグビー室)のみなさんと一緒に、具体的に何をしていこうかみたいなところから、コンセプトや施策を考え、実行やPRまでを伴走して一年半突っ走りました。

ラグビーといえば、W杯の盛り上がりはすごかったですね

最初からはなかなかあの盛り上がりは想像出来ないですよね。だからW杯が始まるまではラグビー室のみんなと「大丈夫やろか…」と不安だったんですけど、やっぱり日本があれだけ勝ってくれたんで。それが一番大きかったよなとは思うし、でも、こんなに日本中を巻き込んだムーブメントが生まれるとは思わなかったですね。「にわか」って言葉をNHKの実況で聞くとは思わなかったし、当たり前のようにみんながラグビーに触れ始めたのを見ると、やっぱり普通にすごかったなぁと思いますね。

「4年に一度じゃない。一生に一度だ」は良かったですよね

「4年に一度じゃない。一生に一度だ」はすごいコピーだなと思います。吉谷吾郎さんがつくられた言葉ですけど、すごく良いコピーだと思いました。あの言葉のおかげで、いろんな企画の提案が通った気がします。「すいません、これやらせてください。いいですよね、だって一生に一度なんで」とか言って(笑)。

それ以外にも、今回のラグビーW杯はたくさんの言葉が生まれましたよね。「ONE TEAM」もそうですし、「にわかファン」っていうのもそうですよね。自分たちでいうのも何ですが、実は「にわか」という言葉を最初に使い始めたのは「丸の内15丁目PROJECT.」だったんです。プロジェクトに参加してくださった糸井重里さんと打合せをしている時に、糸井さんが「“にわかが一番”っていう世界を作りたいよね」と言い初めて。2018年7月頃の話です。その言葉を聞いて、みんな「あー、それいいな」と思ったんですよね。

僕が初めてラグビーを見たのは2018年4月でしたけど、その時スタンドのすっごくいい席にデーンと腕組みをして座っているおじさんがいて。いかにもラグビーのコアファンといういでたちで、グラウンドをすごい険しい表情でにらみつけていたんですけど、突然怒鳴るんですよね。「おい!!!審判、どこ見ていんだよっ!!!ちゃんと見ろよっっ!!!」って。その人の周りの雰囲気がすごく悪くて、僕なんかは完全にひいていました。「ラグビー、こえー」って。

で、その時の審判の方、外国の方だったんですよね。だから、そのおじさんの怒鳴り声が届くわけもなくて(笑)。それを見ていて、もったいないなって思ったんです。たくさんのファンに来てもらいたいなら、そういう意味のない行為(腕くんで、にらみつけて、怒鳴る)ってやめたほうがいいよねって。

そういう経験があったので、糸井さんの「にわかが一番」って言葉がぶっ刺さったわけです。糸井さんは、そのときに広島カープの例を出していましたけど、カープ女子っていう言葉ができて、野球や広島カープの「にわか」ファンがたくさん球場に来て楽しめるような雰囲気ができた。だから、広島カープの試合はいつも満員なんですよねって。

だから、「丸の内15丁目PROJECT.」ではラグビーの「にわか」の人でも楽しめるような施策をたくさんうって、うって、うちまくろうって決めたんです。もちろん僕らがなにかをやったから「にわか」という言葉が広まったということでもないと思います。でも、そういったところを目指して、いろいろな人とつながって、わーわーやっていたら、「にわか」だっていいよねって普通に言える「にわかの輪」がちょっとずつ広がっていった。僕が初めてラグビーを見に行ったときに、「いやー、僕ラグビーのことよくわかんないんです、にわかなんで」なんて言える雰囲気はどこにもなかったけど、W杯が始まるとみんな明るい感じで「にわか」なんだけど楽しいです!とか、「にわか」なんでもっとラグビー見てみたいです!って言えるようになったのは、すごくいいことだよなぁと思っています。

僕はそれ以来、いろいろなプロジェクトでも「にわか」という言葉を意識するようになりました。僕のところにくる仕事の話って、「すごくいいものを持っていたり、価値はあるんだけど、当事者以外ににその良さが伝わっていかないのでなんとかしたいです」というものが多いんです。

僕はそのときに、コアな人だけが知っている魅力や面白さをどうやったら「にわか」の人たちにも知ってもらえるかなーとか、「にわか」の人たちが思わずのっかりたくなるようにするにはどうしたらいいかなーということを考えます。ラグビーもそうでしたが、僕自身がだいたいどの分野でも「にわか」であることが多いので、ターゲットは僕自身であることが多い気もしていますけど。

自分の仕事を、肩書き一つで語ることは難しくないですか?

けっこう難しくて。昔は「NHKのディレクターの小国です」と言えば楽だったんですけど、今は名刺に肩書は何も書いてないんですよね。それは結構悩んだ結果そうしています。もちろん肩書をつけようと思えばつけられます。プロデューサーと言えば、プロデューサーだし、ディレクターといえばディレクターだし、プランナーといいえばプランナーだし。でも、そういうことは書くのをやめようと思って。肩書って、聞くとなんとなくわかった気になるじゃないですか。「NHKのディレクターの小国です」というとみんな納得してくれるし、僕自身も説明しやすかった。ただ、分かった気がするんですけど、でも本当に何をしている人かっていうのはちゃんと伝わっていないんじゃないかなと思うんですよね。たとえば広告代理店の方と名刺交換しても、そこに書いてある「なんちゃらなんちゃらエグゼクティブなんちゃらプランナー」みたいな肩書を読んでも、「あー、なんかえらい人なのかな」くらいの認識で、ほぼ何をやっている方かわかってないじゃないですか。わかっていないくせに、わかった気になっちゃう自分が嫌だなぁって。

だから、自分はもう下手に肩書をつけるのやめようと思ったんです。その代わり自己紹介に15分くらい時間をもらうようにしました。自分はこれまで何をしてきた人間なのか、そして、それを何のために、どんな思いでやってきたのか。時には小学校時代の話にまでさかのぼって、自分とはどういう人間なのかを語ることもあります。その15分を経たあとに、相手の方が僕のことをプランナーだと思えば、プランナーでいいし、プロデューサーと思えば、プロデューサーで、PRプランナーだったらPRプランナーでいい。クリエイティブディレクターならクリエイティブディレクターでいい、コピーライターならコピーライターでいい。何でもいい。僕のことを理解してもらったうえで、肩書は相手に決めてもらおうというかたちで仕事をしています。

肩書ってかなり人のイメージを決める強いものだと思うんです。どうしても周りの人だけでなく、自分自身も自分をそのレッテルで認識、規定してしまう。でも、それはすごくもったいないなと思ったんです。あらかじめ規定しちゃうことで、せっかくあったかもしれない自分の可能性を閉じちゃうかもしれないぞと。だから、実際NHKから独立して名刺を作るにあたって、肩書ってこんなに便利で、でもこんなに不便なんだということをめちゃくちゃ感じました。今のところ名刺に肩書を入れるのを止めてよかったな思っています。ただ、自己紹介の15分がひたすら相手に申し訳ないのはあります(笑)。

でも打ち合わせによっては、15分ももらえないときがあるじゃないですか

逆にそれが一緒にお仕事をする上でのひとつの条件かもしれません。15分も貰えないんだったら、そういうテンポで仕事する方とは一緒には出来ないから、それはしょうがないなと思う。僕の会社は規模も含めて僕が1人でやっているちっぽけな会社だから、とんでもないパワーとスピードでごりごりに回しましょう!っていうことはもちろん言わないし、仮に求められても応えられない。”Time is money”はその通りで、僕もそう思っているんだけど、どこに時間をかけるかという価値観を共有できるとあとで気持ちよく仕事ができる気がするんです。だから、「自己紹介に15分とかありえないよね」と言われたらそれは仕方がないと思うし、ご縁がなかったんだろうなと思うだけです。

逆に「いいですね、じゃあお互い15分喋りましょうか」みたいなことになる会社さんとだったら、お互いに一緒に何かやる意味があるんじゃないかなと思います。僕はいつも相手をクライアント様と思って見ていなくて、フェアで対等な関係性を保ちながら相手の方とお話しします。そういうほうがいい仕事になるというか。

僕は「何をやるか」というよりは、「誰とやるか」の方がはるかに大事にしています。「誰とやるか」の方ばっかり考えて、プロジェクトは全部組んでいきます。

やっぱり一番そこでストレスを感じるじゃないですか。「誰とやるか」でうまくいかないと、そこの調整ばっかりになっちゃって、全くことが進んでいかない。ビジョナリーカンパニー2という本にまさにそのことが書いてあったんです。「何をやるかより誰とやるかだ。誰と同じバスに乗るか」だというようなことが書いてあって、めちゃくちゃわかるなっていうか、すごく良い言葉だと思いました。