一緒に仕事をしたいと思える人のポイントは?

「誰とやるか」がとても大切だと言いましたが、どんな人が好きかというと、「脊髄反射的にそれおもしろい!」って言ってくれる人がすごく好きです。何か新しくてステキなアイデアが生まれたときに、前のめりに「それおもしろい!それやりたい!」って言っちゃう人。

新しくてステキなアイデアって、ある方向から見たらステキなんですけど、別の方向から見たら、危なかったりもしますよね。「え、それやったら炎上しない?」「不謹慎じゃない?」とか、冷静に考えると結構きわどいことが多い。それなのに、反射的に「おもしろい!やりたい!」って言っちゃう、そういううっかりしたところを持っている人がとても好きです。

もう一つは「着地させられる人」です。僕は「企画力よりも、着地力」とよく言うのですが、企画はもちろんめちゃくちゃ大事だけど、結局着地=現実にできなければまったく意味がありません。だから、口や頭だけではなく、最高にワクワクする妄想や絵空事を思いついたのならば、それをきちんと形にできる人、そういうことを過去にやってきたことのある人と一緒に仕事をしたいと思います。

そして、「最後に自分を捨てられるかどうか」。このプロジェクトは俺がやったとか、私がこれを考えたとか、僕はそういうのはどうでもいいと思っていて。一番大切なのは「作りたい世界」だと思うんです。そのためにみんなが自分の能力とか時間とか様々なリソースを出し合って実現に向かって力を合わせるわけじゃないですか。だから、常に上位にあるのは自分よりも「作りたい世界」なわけで、その前に俺が私がって出てくるのは、すごく違和感がある。だから、最後に自分を捨てられる人は信用しちゃいますね。

平林

プロジェクトの本来の大切な部分を一番大切に思ってくれて、そのために自分はこれをやっているんだって意識と、絶対に我々がやりたいのは、これだと共有してくれる人ですよね。

小国

そうですね。バンド活動で例えるとギターが主張しすぎてもダメじゃないですか。ドラムが俺が俺がでリズムを刻み始めたらわけわかんない。やっぱりやりたいことは武道館で俺たちステージやりたいんじゃんみたいな感じ。その時にドラムだけ目立つとか意味がないし、調和が崩れる。やっぱり一番大事なことは音を奏でることだし、一番大事なことは武道館に行くことだったはずなので、そこで最後、自分が捨てられるかどうかは結構大事ですよね。

最初は、肩書と名刺が欲しかった

僕がNHKに入る一番の動機は、NHKの名刺が欲しかったんですよね。学生時代にベンチャーを立上げていたんですけど、その時は本当に誰も会ってくれなくて。学生だったし「何その会社?」みたいな。誰もまともに取り合ってくれなくて本当に辛かった。さらに僕の場合、共同代表を勤めていた社長がお金を持って逃げちゃったんで、そのベンチャーが無くなってしまった。就職する気はなかったんですけど、会社もなくなっちゃったし、突然就活ってなったときに、名刺が欲しくなったんですよね。すごく肩書きが欲しかった。「NHK」だと誰でも知っている会社だし、名刺一枚で誰にでも会えるんじゃないかっていうのがとてつもなく魅力的に感じましたね。

そんな名刺にこだわっていた人が、名刺にこだわらなくなったんですね。

たしかにそうですね(笑)。NHKに入るときに、名刺はすごく欲しかったんですけど、その時もやっぱり最初に思っていたのは、「NHKの小国士朗」にはなりたくないなとは思ってたんですよ。いつか「小国士朗はたまたまNHKにいる」って感じになりたいなって。拾ってもらったくせにめちゃくちゃ偉そうですけどね(笑)。でも本気でそう思っていました。ベンチャーをやっていたこともあるんですけど、うまく立ち上がらずつぶれて本気で悔しかった。だからこそ強い価値のある名刺が欲しかったけれど、やっぱり気持ちとしては、「NHKの小国です」だと違うよなというのはずっと思ってきました。

「はみ出し」のススメ

先日、とある大学で授業をやったんですけど、そこで最後に言ったのは、「はみ出しのススメ」でした。いきなり飛び出しちゃうと危ないよと。僕みたいに思い切り事故ることもあるよと(笑)。だから、いきなり会社を辞めるとか、ベンチャーを立ち上げるんだとか、それももちろんいいんだけど、事故のリスクは上がりますよと。で、カッコ悪いかもしれないけど、まずは「はみ出した」ほうがいいし、危なくないじゃんと。僕は中学高校とバスケをやっていたので、「ピボット」みたいに軸足ををきちんとどこかに置いといて、そこから少しずついろんなところにはみ出していく。その生き方ってノーリスクで絶対と良いと思うんですよ。ちょっと半歩はみ出して、そこで何かやるじゃないですか。危なくなったらヒュッと戻ればいいじゃないですか。それは軸足があるから戻れる。

そのことに気づいたのは、NHKに入ってからなんです。会社といういい場があるんだったら、最大限それを利用して、そこからちょこちょこはみ出してみる。僕は研修制度を利用して、NHKに在籍しながら大手広告代理店の電通に行きました。その経験がすごく良かったと思うのは、初めてNHKからはみ出して、外からNHKを見たときに、NHKってめっちゃイケてると思ったわけです。モノをつくる上でのリソースがとてつもなく豊かだし、公共放送ってことでフラットにたくさんの人とつながることもできる。そのことに気づいたとき、飛び出すよりも、はみ出したほうがいいなぁと実感しました。

もしその時にNHKを辞めちゃっていたら、せっかく「NHKってすごくよかったんだ!」と思ってももう戻れないじゃないですか。あんな良いところだったんだ…って悔しくなるだけですよね。そして、電通に行ったことによって外の世界を見れたので、外の世界もめちゃくちゃいい事も知れた。「はみ出すの最高!」と思ったわけです。

もちろん、すぐに飛び出せる力のある人はいいと思うんですよ。どんどん外に飛び出していい。実力があるし、その方が性に合っている場合もあるから、それはそれでいいんですけど、僕を含めた多くの人はそんなのビビっちゃうから、まず「はみ出す」ことから始めるのがいいんじゃないかなと思う。

僕は、NHKから電通に飛び出すじゃなくて、はみ出した。NHKに戻ってからは、そこで得たノウハウやいろんな経験をもとにNHKでいろいろなことを仕掛けてみると、メチャメチャおいしかったわけです。そんなことをやっている人がいなかったし、NHKは世間的にはコンサバティブで堅いっていうイメージが強いから、こんなこともやっちゃうんだ、あんなこともやっちゃうんだ、とみんなが面白がって喜んでくれた。

「誰でもプロフェッショナルになれる」というのをコンセプトに作った「プロフェッショナル 私の流儀」というスマホアプリが200万ダウンロードのヒットを記録してくれて、認知症の状態にある方が注文を取って配膳をするイベント型のレストラン「注文をまちがえる料理店」をやってみたら、世界150か国に広がっていってくれました。夢中になって走り続けていただけなんですけど、プロジェクトの1つ1つが、気づいたらみんな自分の名刺がわりになっていきました。「プロフェッショナルアプリの小国です」とか、「注文をまちがえる料理店の小国です」といった感じで。

当時、僕はNHKのディレクターだったから、あれ?レストランをやる人だっけみたいな。ドキュメンタリー作ってくれないみたいなことを言われたりもしました。でも、僕からしたらドキュメンタリー作るのもいいけど、それよりもすごく世の中の多くの人に届けられる可能性があると思ったからレストランをやったというのもあるわけです。そう考えると、当時は「番組を作らないディレクター」って名乗っていたんですけど、これはすごく良い肩書きだったなと思いますね。

もう飛び出している意識なんですか? まだはみ出している意識ですか?

僕はNHKという組織は「飛び出して」いますが、今も常に「はみ出して」いる感じがあるんですよね。軸は、僕個人です。その軸をもって、いろんなとこに出たり入ったりしているんですよね。例えば、三菱地所とラグビーをやっていたり、Jリーグでは地域貢献プロジェクトをやっている。「みんなの力で、がんを治せる病気にするプロジェクト」ということで、delete CというNPO法人を立上げている。「注文をまちがえる料理店」も一般社団法人だったりして、結局僕が軸ではあるんだけれども、完全に何か一つのものにものすごくコミットメントしているかというと、そうでもない。1個1個はもちろん真剣にやっているけれども、完全に「飛び出した」って意識はあまりないです。軸である僕の中では全てがゆるやかにつながっていて、実際、いろいろなプロジェクトが僕を媒介して、意外なところで急につながったりするので、それは本当に面白いです。でも、この前ある人に「そういうのってずるくないですか?」って言われました。「そうですね、すごくずるいと思います」と答えましたけど、相変わらず自分の心の中には常に安全地帯を持ちながらやっている気がします。

誰も見たことがない風景を作りたい

よくビジョンと言いますけど、それはすごく大事だと思っています。僕はいつも「風景」の話をしようと言うんですけど、こんな風景を作りたいって話がみんなでシェア出来たら何かあってもブレないので、僕たちが作りたい世界はこれだと最初にみんなで描く。「それだったら私の時間も労力を捧げたい」と思えるような風景をみんなで作れたら、そこに向かって行けばいい。

僕はテレビをずっとやっていたからかもしれないですけど、やっぱりテレビも元々は「Tele-Vision」ですからね。Teleは遠くにあるもので、Visionはうつす。遠くにあるものを映すのがテレビの始まりだったわけです。僕はNHKに入ったときにそのことを知って、割とそのことを愚直に目指していました。誰も見たことのない風景や触れたことのない価値や情報を、1シーンでも1カットでもいいから入れたいなと思って取材をして、ロケをしていた。それは番組作りから離れても同じでした。アプリでもSNSのサービスでも、レストランでのイベントでも、すべてTele-Visionの考え方を大切にしていました。

誰も見たことがない風景や誰も触れたことのない価値を形にして、それをできるだけ多くの人に届ける。それが今の僕がやりたいことなのですが、それを1人でやるのは到底無理なので、たくさんの仲間と一緒にワイワイやるわけです。そのために必要なのが、Vision=風景だと思っています。