今はどんな番組を担当しているんですか?

10月から月曜日から金曜日のTBS「あさチャン!」という番組を始めて、さきの7月からは土曜日の朝も「まるっと!サタデー」を担当しています。放送局には3時入りです。月曜から土曜までそうなので、夜ゆっくり出来るのは土曜日の夜だけですね。

朝早い時間帯ですが、大変じゃないですか?

増田

天気予報の仕事は、そこをやれと言われたらやるしかない。やっぱり体調を整えることが大事です。それこそ天気コーナーは限られていて、朝だと短いコーナーだったら1分〜1分半とか、長くても2〜3分のコーナーが普通です。その中で伝えることを伝え切った上で、時間内にしっかり抑える。

外で天気予報を中継でやったりしてるんですけど、外だと「あっ今、風が吹いてきました」とか言っていると、それだけで5〜10秒使ったりする。そういう起こった現象に対応しながら、最終的にまとめて行かなきゃいけない。これはこれで楽しいんですけど、その中で伝えながら、色んなことを頭の中でぐるぐるやるんですよね。その時に体調が整ってないと、そこの頭ぐるぐるのところが、いつもより鈍くなってしまうんですね。

「あれ、ちょっと調子悪いな」って瞬間が来ることはありますか?

僕の場合は舌に出ますね。調子が悪いと話していて舌が絡まって、上手く言えていないときがあるんですよ。だから出番は数分ですが、体調のコンディションは整えるようにしています。

平林

スポーツ選手みたいですね。

増田

最初にそれを言われましたね。20年前はじめるときに、天気予報のノウハウを教えてもらった先輩からスポーツ選手みたいな面はあると言われました。結局喋るのも、口の周りの筋肉を動かしたり、脳から指令を出すもので、体を動かすのと同じだから、体調を整えるのも大事な仕事だと言われましたね。

最近の天気予報は良く的中する

そういうお声をすごくいただくようになりました。

平林

いきなり的中率が上がった気がしません?

増田

じわじわ確実に上がってきてますね。実は今日で僕が天気の仕事をはじめて20年なんですよ。ちょうど1999年の11月15日にテレビ朝日の当時「ニュースステーション」でデビューしたのが今日なんです。当時は、やっぱり天気予報って当たらないって声を聞くことが多かったんです。でも最近は天気予報が当たるようになったという声を聞くことが増えましたね。

実は正しく知らない週間予報の見方

例えば1週間後でも、絶対晴れで絶対ずれない週間予報もある。逆に、3日先・4日先ぐらいでも、これはちょっと直前になってみないと分からないという場合もあるんです。みなさんが週間予報を見る時は、ほぼマークだけでの判断になりますが、僕たちは、この雨マークは怪しいなとか、この晴れは絶対晴れだなって分かっているんです。それを週間予報をお伝えする十数秒ないし二十秒ぐらいの中に、上手く盛り込みたい。例えば、「ここに雨マークが付いてますが、まだ予報が変わる可能性があります」とか、「この晴れはもう変わらない晴れ、安定した秋晴れとなりそうです」とか、コメントに反映させることがありますね。

平林

ネットの天気予報だけを見ていると、それがないですよね?

増田

そうなんですよ。マークだけとか、天気予報を出しっぱなしにしたくないんですよね。

テレビとかラジオって決まった時間なので、オンエア終わりで予報が変わっても、もうフォローが出来ないんですね。それを何とかしたいと思っていた時に、ツイッターが出てきたんです。こんな簡単に書けるんだったら、予報が変わるようなときは書こうと思って始めました。でも予報なんだから常に書いていればいいかなと思って、今にいたっています。ツイッターを始めたのが2009年で、当初は年に1週間ほど休んでましたが、2013年からは1日も休まずに関東の天気のことを書いてます。

ずっと雨マーク付いているときとかありますよね。

増田

雨マークがついていても、一週間7日✕24時間ずっと雨が降っているなんてありえないわけですよね。

平林

深夜の2-3時とかほとんどの人があまり影響ない時間に雨だとしても、、

増田

雨マークは付いちゃいます。そこは僕たちがわかっている部分で、例えば来週の火曜に雨マークがある。火曜日に雨マークがついているとしても、降りそうなのは月曜日の夜遅くから火曜日の明け方まで。火曜日の昼間はもう降っていないことは、僕たちは分かっているんです。ただ皆さんが見たら火曜日に雨マークが付いているから絶望的な感じになりますよね。そこのギャップを埋めたい。雨マークは印象が特に強く、どうしても引っ張られますから。マークだけではわからない部分を、補っていきたいですね。

特にネット時代になって、マークや数字だけの情報が多くなった。これってこういう意味で、この雨マークはこの時間帯ですとか、細かい部分で逆に予報士の役割が増えたかもしれませんね。究極は1対1でお伝えするのが一番で、前に個人の方に有料で予報をやるサービスがあったんですが、そのときはカメラマンなど仕事で必要な方、旅行などで必要な方など、多くの方が利用されていました。

天気に関わりのない人はいないと思います。テレビを見ている方・ラジオを聴いてる方のニーズになるべく多く応えつつ、でもある職業向けとか、ある専門分野の方に役立つような情報もその時々で出していけたらいいなと思ってますね。

もともとから気象予報士を目指していたんですか?

目指す動機はけっこう不純でした(笑)。高校まで野球をやっていたんです。でも本当に練習がツラくて嫌いでした。だから、「頼むから、あした雨降って」と祈る気持ちで、毎日天気予報を見ていたんです。そこから天気にちょっとずつ詳しくなって、天気予報に興味がわいてきたんですよ。

気象予報士としてデビューして難しかったこと

キャスターとしてのデビューは気象予報士に合格してすぐでした。ちょうど「ニュースステーション」が天気のキャスターを募ろうとしていて、その時のコンセプトが、なりたての予報士を育てるというものだったんですね。オーディションでは、スタジオのニュースセットにあるカメラの前で、渡された天気予報の原稿を読みました。その当時まだ僕は関西弁だったんです。一生懸命標準語でそれっぽく天気予報をやっていたつもりだったんですが、後でその時の録画を見せてもらったら、全然関西弁が抜けきれてなかった。デビューの当初、一番苦労したのはアクセントです。

標準語のアクセントで喋れているか、そればっかり気になっちゃって…。

そうすると天気のことがイメージできない。伝えなきゃいけないことが伝わらないんですね。

そうならないためには、全部天気のことが分からないとダメだと感じました。例えば明日晴れますという時に、こういう空が広がり、こういう体感で、街中はこういう感じで、皆さんはこんな格好で歩いているとか。そこまで想像できて、さらにそれはなんで起こっているかまで全部想像できてないと、上辺だけの言葉になり、伝わらないんだなと思いましたね。

気象予報士を目指すのは恥ずかしかった

気象予報士になろうと思った大学生のときは、気象予報士の勉強をしているとは周りになかなか言えなかったですね。昔は天気予報は、おじさんか若いお姉さんがやっているというイメージがあった。若い男性が目指す印象があまりなかったので、言うのがどこか恥ずかしかったんです。

ところが、たまたま気象予報士の資格を取ってすぐ、全国の皆様の前に晒されることになった。本当に人生どこでどうなるかわからないと思いました。