奈良の観光資源が定番すぎる問題

まず奈良の宝物が一般の方々に固定化されてしまっている印象をうけます。たとえば「鹿」や「大仏」、「春日大社」という王道が奈良の宝物の定番になってしまっていて、観光客の方々も、絶対に外れのない場所に行くことでの安心を求めておられるようです。定番を外すことなく、さらに新たな定番の宝物を見つけるために、どんどん踏み込んでゆけば、定番は定番であるけれど、違ったシリーズの存在を載せることが出来ます。現在、この奈良公園辺りで引きつけることで、バスターミナルまで来た観光客を、そこから分散させることが、ほとんど出来ていません。だからそこは定番が定番だけで終わらないように、より考えていくことが喫緊の課題です。

奈良の様子もだいぶ変わってきましたか?

そうですね。海龍王寺の周りに関してですと、いわゆる昔から住んでいる方々が少なくなりつつあり、新しく他所から転居してこられた人が増えてきましたね。お寺の周りは田畑が占めていて、いわゆる農家の方が多いのですが、農業を辞められて田畑を売り、田畑が宅地に姿を変えつつあります。場所柄、近鉄の駅にも近いということから新しい家がたくさん建ち、新しい住人の方々が増えてきているようですし、そういった事例から見れば開発は進みつつありますね。だから昔からのコミュニティ感覚がちょっと通用しなくなりつつあることを感じています。聞くところによると、移り住んで来られた方は奈良県内および奈良県以外で半々ぐらいだそうです。

いわゆる奈良の中心市街地に関しては、これまで南側の「ならまち」が中心だったけれども、最近は北側の「きたまち」にも数々の店が出始めていて、観光客を誘致しようという流れが出来ているようです。中心部以外では海龍王寺の西に位置する特別史跡平城宮跡が国営公園化されたことで、国の費用による整備が進みつつあります。平城宮跡歴史公園になってから奈良時代を垣間見れるような施設が出来ていますから、これを機会に観光客の分散化を目指す街づくりが進むのではないかと考えています。同じ世界遺産の石見銀山遺跡が、いいお手本になりそうな気がしています。

奈良は昔から神社仏閣を中心とした街づくりがなされてきましたし、その姿勢を引き継ぐように世界遺産を中心にした街づくりを実施していますから、世界遺産の周辺は賑わっているようです。しかしそこから離れてしまうと、賑わいの創出が出来ていない地域が見受けられます。良くも悪くも奈良らしいところは遺っていると思いますが、反面、神社仏閣に頼らない街づくりを考える時期に来ているのではないかと思いますし、これからどうしてゆくのかを模索していかなくてはなりませんね。

観光客は増加していますか?

観光客は増えているようですが、宿泊を含めた、一人あたり奈良で消費していただける費用が少ないところがいま一番奈良が抱えている問題です。周遊・滞在を意識した観光コンテンツの作成が急がれます。

インバウンドの影響はあるのか?

いわゆる「定番・王道」の観光地では影響があると思いますが、それ以外の地区では大きな影響はないようです。報道もされましたがゲストハウスや民泊に関して、例えば21時など定時になると管理人が帰ってしまい、施設に入れない外国人が町中を歩き回り、尋ね回りで、近隣に迷惑がかかるケースが発生しているようです。また案内ツールなど多言語対応の進捗も含めた外国人観光客の増加に対応出来ていないところもあるでしょう。外国人観光客の大型バスの交通集中で渋滞発生率が高くなっていることも取り上げられていましたから、交通インフラ対策も求められています。

例えば京都と奈良を比較するとどうですか?

京都はインパクトを与える見せ方を知っていると考えます。印象づけとイメージ作りが非常に上手い。印象づけられるところを入念に絞って出してくるじゃないですか。そこからのイメージ作りは本当に上手いと思うし、次々にイメージを生みだしてゆき、人々を惹きつけ続ける。一般の方々が京都に対する価値観を次々見出すような表現の仕方を良く知ってはるなと思います。

対する奈良は、印象づけとイメージ作りが未成熟なように思います。これは絞り込みとインパクトの薄さが招いているものだと考えていて、だから「これだ!」というイメージ作り出せず、在る物を五月雨式に出してしまっています。絞り込んだうえで次々出すことと、五月雨式に出すことの違いに気づけていないことから「全部これだ!」になってしまうのかなと。観光客からすれば「奈良はどれや!」って感じなのでしょうね(笑)

この結果「何をPRしますか?」と言われても「じゃあ何をPRしますか?」のループに陥ってしまい、「じゃあ王道の定番で」になっているのではないでしょうか。一時、地域別にしぼって「これだ!」というのをやっていましたが、成熟させることができず、いつの間にか無くなってしまったようですね。

もしかすると奈良に必要なのは、魅せ方を考えるクリエイティブ・ディレクターのような存在かも知れませんね

まさにその通りで、観光など、外向きが担当の部署にはクリエイティブ・ディレクターを置く時期にきていると思います。それでその方々に宣伝や広報の仕方を考えてもらうことをやらないといけないでしょう。行政の方々は、クリエイティブ分野に関しては素人ですから、担当して成果を出すことが難しいと思います。私も行政の方々と一緒に大きなイベントなどを実施していますが、なかなか通じないことがあるのです。行政の人は専門的な勉強をしておられないから、こちらの提案を理解していただけず、提案の展開を分かっていただけない。あと少しで、よりよい物ができるのにと残念に思うことがありました。

奈良ではいま「心に残る風景」というものを探す試みが始まっていて、私も「心で眺める奈良」というラジオ番組を持っています。奈良の若草山から見る夜景や、平城宮跡から眺める夕陽など、神社仏閣に頼ることなく、日常の奈良の自然や街道の左右に拡がっている集落をクローズアップすることで、人々の暮らしであったり、モノの流れというものをPRされる人が増えてきているようですよ。

物事、特に奈良に関しては「歴史的・場所的・仏教的な文脈」が分かったクリエイティブ・ディレクターがいないとダメです。自称クリエイティブ・ディレクターではいけません。

何とかコンダクターとか、何とかディレクターとか、何とかプロディーサーとか、どれだけのことが実現できるのかが分からない人が多い。

イベントコンダクターとかイベントプロデューサーを名乗っていますが、文脈を全然わかっていない人がいます。肩書とか、これは言った者が勝ち状態。やっていることが正しくない人は、何も出来ないのに中途半端にやってお金だけ持っていきます。「やりました」と「できました」の違いね。「何やっとんねん!」みたいなのが居ますわ。奈良もそうやけど、そういう人を排除しなくてはアカンと思います。知恵を出せって言うけども、お金でしか解決出来ないものもあります。

いくら知恵を出してもプロにはかなわないですし、任せるべきものはプロに任せないとできないケースがあります。費用が半分であっても、半分しか出来ない人に任せるより、倍かかっても出来る人に任せるのが近道だし、納得のいく結果になると思いますが、行政の方々は、そこをなかなか理解していただけないのです。目先のお金の枠に囚われてしまい「費用が半分だったから、結果も半分でしたね」の結末を迎えてしまうケースを多々目にしたことがありました。