大学に入ってから知った本屋の面白さ

もともとは関西出身ではない?

鎌田

そうなんです。千葉県生まれなんで、大学入学を機に京都へ引越してきたんです。

あ、京都へ行こうってやつですね。

鎌田

そうですね(苦笑)。

どこの大学かは聞いたけど、学部はどこだったの?

鎌田

学部は経済や経営関係ですね。よく、今の仕事が仕事なんで、「何の文学研究してたんですか」とめっちゃ聞かれるんですけど、学んでいたのは流通だったみたいな。

流通のほうから本に興味がある感じだったの?

鎌田

そうですね。18歳の時に始めたアルバイトが本屋だったんです。

どこの本屋だったの?

鎌田

京都市内にあるローカルな本屋のチェーン店でした。そのバイト先のお店がすごく変わっていて、いわゆるチェーン店なはずが文芸の棚を見ると凄くこだわっていて。バイト先の先輩にはすごく良くしていただき、いろんなことを教えていただいた結果、もともと本は好きだったんですけど、いろんな本を読むようになりました。

僕は大学よりバイト先で教わったことが多かった。本末転倒ではあるんですけど、そこにいたおかげで読書や映画を見たり、音楽を聴くことなど、一生どうにか楽しめそうなことは教えてもらったし、瓶ビールがうまいと思ったのもそのときだし(笑)。

その辺りから興味の範囲を限定しなくていい仕事は面白いと思い始めて。例えば僕が何が好きだったとしても、だいたいのものは本にはなっているから取り扱うことが出来ると思って。普通に就活もしてメーカーに行こうと思った時期もあったんですけど、その就活のタイミングで半年ぐらい本屋から離れたとき、どうも僕はもう本屋を離れることは無理かもしれないって。自分が情報を得るところが店になっていたんですよね。

本屋で働く、そして恵文社へ

それで本屋に働こうと思い立ち、結局大学を出て1年弱はバイト先だった本屋の社員として働きました。いまここにいる経緯としては、僕の前に恵文社の書店マネージャーをやっていた堀部さん(現・誠光社店主)が、恵文社から独立される話を聞いたことがきっかけです。前の会社の周りの先輩の状況を見ていると、店舗の責任者になって自由にやるには、10年かかるって思ったんですよ。その10年は耐えれそうにないな、無理やなと思って。

そんなことを考えていたとき、堀部さんが恵文社を辞めることを聞いた。ちなみに当時の恵文社は僕と同年代の社員しかいないことも分かっていたので、すぐメインで働けるんじゃないかと思えた。最初はもうめちゃくちゃしんどいやろうけど、そんな場所に身を置いた方が、もしかすると自身のキャリアの終わりが本屋かもわからない状態だし、諸々早めに経験した方がいいだろうと判断して、4年前の24歳のタイミングで転職をしました。そうしたら、いきなり書店のマネージャーになったので、それこそやんやん言われながらも、4年続けているとやんやん言われなくなった。

そんなやんやん言う人がおるんや。

鎌田

堀部さんがカリスマ書店員と言われたり影響力がある方だったんで、急に若造が出来るのかと電話口で言われたり。京都はサブカルチャーへの文化度が高くて、普通に飲みに行くと、そういうおじさんが界隈にたくさんいるんです。そういう人からすると、新しい世代のことをやっぱり受け入れづらい人は、一定数いらっしゃいますね。

最初はそういう世代の方に認めてもらう方法をずっと考えてたんですけど、最近は全くそういうことをいい意味で気にしなくなりました。

正解ですね。

鎌田

最初は考えちゃいますよね。

何であの人はああいう感じなんだろうってことがあるじゃないですか。振り向かせるというか、こっちの方がいいというか。でも今はもう悟りを開いたんで、みんな正しいから、そっちはそっちでよろしくみたいな感じかな(笑)。

鎌田

僕はずっと”ゆとり”だと言われてた世代なんで、ずっと上の年代への反発があった。別にゆとり世代ってゆとりになりたくてなったわけじゃないし。でも最近その意識も薄れてきたんで、これは年齢から来るものなのかって考えたりもします(笑)。

それぞれの店で道がちょっと違うだけで、本屋業界はそういう分岐がいっぱいあった方が面白いはずだし。最近は自分ができることが、ちょっとずつ明確になってきた。もう一年前ぐらい前は精神的にもめっちゃしんどかったんですけど、今はもうフリーダムですね。

店長クラスになったのが24歳のときだったので、人生経験が前倒しで来てる感じがしています。でもある程度知られているお店だからといって、Updateしないとどんどん廃れていくのも肌で感じる。でも本屋でやれることも結構出しつくされている部分がある。次にどうするかはずっと考えていきたい。

イベントスペースのある本屋

イベントスペースがある本屋っていいよね。

鎌田

ここに来る前は、その発想は一つもなかったです。例えば1日の客数がトータルで100人レジに来る人がいるとして、加えてイベントだけで50人も集客できたらもうめっちゃプラスじゃないですか。それを繰り返しやっていかないといけない。ただそのしんどさと、どのスタッフも出来る仕事じゃないことをすごく痛感してますね。僕はわりと得意なんで、今は、引き受けてます。

最近は人に会いに行く重要性を感じます。それはこの店に貢献できればというのとい、もっと(僕自身が)面白くなりたいと考えた時に本を読むだけではなく、人に会って、いろんな企画にいっちょ噛んでおく重要性がようやくわかってきて。

本をフックに何が出来るか

本はコスパ悪くない?

鎌田

いや絶対そんなことはないです。だって文庫本のコスパって半端ないですからね。500円で一週間ぐらいは楽しめるんですよ。どんなサービスだよって思うんですけど。

本が売れないのは、みんなわかったから、次考えようぜ!と。僕が今ざっくり30歳だとして、もしこの業界にずっといるとしたら、あと30年この仕事をしなきゃいけない。そうすると自分の好きなコトをやって、自分ひとりが食っていけるだけのお金の確保ができればいいという、ミニマムな考え方はまだできないじゃないですか。会社のみんなと食っていかないといけないんで。あとキャリアの残りが10年とかなら、そういう選択をするかもしれないけど。

1000円の本を売っても200円ぐらいしか儲からないとしたら、100人に売っても二万円しか儲からない。もう人件費だけで飛ぶじゃないですか。じゃあ次を、次のサービスを考えないと食っていけない。そんな発想を持ってやらなきゃいけない。本で面白いことをやりたいからこそ、本でちゃんと儲かる方法を書店員みんなが考えていく時代がもうとっくに来てると思うんです。僕はマネージャーとして状況的にそれをしないとここに居る意味もない。だからこそ、ただ単に本が好きだから、この仕事をしているという感覚はない。本をフックに商売ができるかどうかチャレンジがしたい。

手応えは徐々にあるわけでしょ?

鎌田

そうですね。まだ全然お金に繋がらないんですけどね。ちょっと助けてと求めたら、手を貸してくれる人がすごく増えたし、今はまだそれでもいい。

いま28歳なんですけど、バイトから数えると本屋業界にもう約10年います。だから本に詳しくなることと、棚を充実させることで得られる集客や経済的な効果の限界をすごく感じています。それは前提だと。棚を見れるスタッフは僕以外もここはいるので、まかせられることはまかせて、そのかわり自分はすすんで外に出ようと。

二年前ぐらいまでは業界でも、僕と同年代の本屋の責任者って全然いなかったんですけど、今は結構出てきてます。

この数年で個人の書店が急増しているのですが、だいたいが副業を持ってらっしゃるか、だいたいデザイナーの方が事務所兼本屋で開業しているケースが多い。恵文社のような、純正の物販の店で、この規模の店舗はあまりないし、チームも十五人弱います。本屋ってある程度規模がないとできないこともあるので、そこに可能性は見てますかね。

よく勘違いされるんですけど、恵文社にはただ僕や、他のスタッフの好きな本が置いてあるわけじゃないんです。店に来るお客さんに楽しんでもらえたり、知らなかった本を紹介できることにしか魅力を感じていないので、そこで個人店に比べて顔が見えないとか、個性がないとか言われてもしょうがない。例えばこの好きなジャンルだから、ここの棚だけめちゃくちゃ強いとか、チームで運営している我々にとっては要素ではありますが、わざわざ売りにしなくても良いと思います。今はインターネットがあるので、掘り下げようと思えばいくらでもいけるじゃないですか。

だったら本で知らない幅に触れてもらった方がいいと思うし、イベントやるのも雑貨を置いているのも、やっぱそういう幅をもって本をに触れてもらうため。ギャラリーを併設したのは結構前なんですけど、当時本屋にギャラリーがあるってどうなんだ!と怒られたり、もっと正せば75年の開店時にこういうライティングは暗すぎるって結構言われたらしいんですよ。

平林

ギャラリーを作って怒られたってどういうこと?

鎌田

だから、あそこは本屋じゃないよねと。雑貨売り場を作ったときもそうだったらしいし、未だに有名な書店の店主同士が喋ってる時に、恵文社って雑貨も置いているからね。雑貨屋さんだよねとか言われるんですよ。ちゃんと見もしないのに、悔しいですよね。

平林

未だに一つのことだけやっているのがいいとされてるじゃない。この道30年本だけを売り続けてるとか。何か他の要素をいれると否定的に見られがちだよね。

鎌田

それで食えるなら、それでいいですけどね。30年後は無理だろうって。

だから本だけを売るような人がいても良いし、ただあなたが、今僕の年齢だったら、同じ感じであと30年やれますかって聞いたら、多分無理じゃないですか。

自分の青春時代と違うやり方をしてるのが気に食わない方は、いてもしょうがないとは思います。

もともと左京区はヒッピー的な志向が強いところで、そういう人にも認めてもらいたいと踠いていた4年だったんですけど、あまり意味をなさなかった。ここで意味がないというのは、切り捨てる意味じゃない。その人たちは自分が信じる道をずっと見ていくだろうし、それはそれで素晴らしいですよね。ただ、それだけでは、店が立ち行かなくなることもある。それだと個人店やればいいじゃんって話になるし。僕の場合は、やっぱり会社の取り組み規模で考えないと。

例えば僕がイベント企画や人に会いに行ったり、文章を書くことに時間が割かれて、棚が見れなくなってくると、鎌田さん最近棚が荒れているよと言われる。こっちは君が知らない仕事をたくさんしているんだよと思いつつ、重要なことなので反省しきりです。僕のいる業界、本屋はまだそういうところ、長時間労働や雑務の煩雑さに囚われている部分があります。それでも、本屋の業態にもいろんな幅が出てきたんで、少し風向きは変わりつつあります。