みんなと同じが嫌だった。

私は中学校2年生の時に、友達に嫌がらせを受けていました。それが本当に悲しくて。でも、絶対に学校を休むことなく、逆に毎日行ってやろうと思って皆勤も取りました。後々、「萌ちゃんと仲良くしておけば良かった」と思える人間になりたいと思ったんです。それで、「何で勝負出来るかな」って考えたのがまずは学業でした。

とりあえず勉強をすごく頑張ったのですが、他にも何か人と違うことをやってやろうと。そこからいろいろ模索した結果「能」にたどり着きました。

能に興味を持ったきっかけ

いまおいくつでしたっけ?

西尾

2000年生まれの19歳です。師匠の梅若先生にお能を見ていただき始めたのは小学校4年生ぐらいなんですけど、そもそも知り合ったのは幼稚園ぐらいです。

なぜ能に興味を持ったんですか?

西尾

本格的にお能に興味を持ったのは実は最近で、高校2年の秋なんですよ。まだ小学生の頃は先生が優しく、「興味あるならやってみたら」って感じでした。その頃は全然楽しいと思ってなかったです(笑)。祖母に連れられて能楽堂に観劇に行っても絶対寝ちゃうし、演者さんも何を言ってるかわかんないし、あまり面白くなくて。

平林

超同感(笑)。

西尾

舞台に出演する機会もいただいていたのに失礼ですよね(笑)。お能が本当に面白いなって思ったのは、先ほどもお話ししましたが2年前の高校2年生のときでした。

それは何かきっかけがあったんですか?

西尾

高校で音楽のテストがあったんですね。ベートーベンやモーツァルトの歴史などいわゆる中世・近代がテスト範囲で。勉強しなきゃと思って教科書を見ていたら、たまたま能のページがありました。でも、見開き1ページもなかったんです。本当に小さい箇所しかなくて、その上、読んでみたら物足りないもので。

教科書はこんなに分厚くて、ベートーベンやモーツアルトはいっぱい載っているのに、自分の国の音楽について本当に見開き1ページも書いてなかった。最近流行りのタピオカだったりアイドルは、もう数年で「あれ、どこ行っちゃったんだろう」とか、「なんか懐かしだよね」となる中で、700年も続いてる能は何が面白いんだろうと思って。日本人の心に何か引っかかるものがあって、皆が面白いと思うから、現代まで続いてるんだろうと思って。

でもその時の私には、お能の何が面白いのかわかりませんでした。だからとりあえず学校の図書室にある能や狂言に関する本を全部引っ張り出して借りました。本の中身はわからないところだらけだったんですけど、その都度付箋を貼っては、師匠の梅若実先生のところに持って行ってました。そもそも漢字すら読めず、1つ1つ「これはどういう意味ですか」「何という意味なんですか」と聴いていました。そこから自作の“お能ノート”を作りはじめました。

平林

「お」はつけたほうがいいんですか?

西尾

もちろん「能」でもいいんですけど、箸に「お」を付けて「お箸」と呼ぶみたいな感じです。お能ノートには、世阿弥の言葉をわかりやすく書いたり。お仕舞い(演舞)も難しくなり、小学生の時みたいに簡単には出来なくなるので、自分流に「ここは何歩で」と書いたり。最初は舞の型も全然わからなかった。

能の面白さを見つけたとき

語学ネイティブの人と話をするときに、自分が言ってることが相手に通じていると感じたら嬉しいですよね。お能を勉強していく過程で、新たな発見があったときも同じような感覚になります。海外の方が喋っていることがだんだん「わかる!」と理解できる感じです。

お能は、動きが最小限で多くを語らない演劇です。台詞もどんどん年を重ねるごとに削ぎ落とされていき、動きも最小限になっていきます。そんな何が面白いって、そこから妄想ができるんです。例えば同じ作品でも、その日演じてらっしゃる能楽師の雰囲気や気分で、この役の言いたい台詞は実はこういう意味が含まれてるんじゃない?とか、実はこれスパイなんじゃない? とか、本当はちょっと恋心があるんじゃない?と妄想して観ると、どんどんお能が持つ面白さに気づいていきました。

そんなある日。何気ないお稽古だったんですけど、先生のお謡を聴いているときに、突然ぽろっと涙が出てきました。先生の歌声だけで感動している自分がそこにいて、そのときに「私はお能が好きなんだ」って思ったんです。ちょうどその頃大学を受験することを考えていて、医学部を目指して勉強していたんですけど、進路や将来の職業について考えるときに、本当に医者になりたいのかなって思い始めていて。

自分がやりたいことってなんだろうと考えたときに、やっぱりお能に携わる仕事がしたいって。それで高校3年生のときに家族にも相談しました。能楽師があまりにも未知な職業で、まだプロになれるかどうかもわからないので。とりあえず融通の利く薬剤師の資格も取りながら、能楽師になる道を目指すことにしました。

平林

両方とも「何とか師」だね。

西尾

たしかに薬剤師に能楽師(笑)。二刀流で頑張りたいです。

平林

二刀流のほうがいいですよ。よく専門職だとこの道何十年とか、例えば能だったらこの道50年とか、昔は職人さんも含めて専門性が一番みたいに言われていたじゃないですか。だけど最近は複数のことをする人がすごく増えている気がします。どうなんですか、やっぱり能は一筋でいくノリよりは、薬剤師も考えるほうがいい?

西尾

能は基本的には世襲にこだわって男性がするイメージなんです。そもそも女性で能楽師をされている方は、私が知る限りでは本当に片手で数えられるぐらい少ない。

平林

そういう意味で向かい風はないんですか?

西尾

もちろんやっていけるか不安だらけです。これから公演がある時に役をいただけるのかとか。お能って歌舞伎と違ってお衣装も自分で着るんですよ。後ろのセットも自分たちで全部立てるんですけど、ちょっとやらせていただけないですかとか、お手伝いできることがありますかと聞いても、「全然大丈夫だよ。先生の面倒見てあげて」と。私はお装束をつけたりはできません。

それが自分の中ではすごく不安で、自分は舞うことしか出来ないし、本気で始めた時期も本当に最近なので、どう頑張ってもお謡やお仕舞のレベルも全然まだまだなんです。

平林

この世界へ入るのはやっぱり遅いんですか?

西尾

めちゃくちゃ遅いです。皆さん3歳ぐらいから舞台に出て、お父様に師事してずっと稽古漬けなので。もし実先生がいらっしゃらなくなったら、私はどうしていったらいいんだろうってことはあります。

平林

でも先生は認めて入れてくれたわけですね。その時点ですごくないですか?

西尾

本当に先生には感謝しています。

平林

マイ能面ってあるんですか?

西尾

いいえ。全然まだ能面も付けられないんですよ。

平林

まだ付けられないってそういうレベルがあるんだね。3Dプリンターで作ったらダメなのかな(笑)。

西尾

お面はかなり厳重なケースに入ってます。

平林

お金で買えるものではないよね。

西尾

まず触らせていただけないので。能面の顔に当たる部分に触れたら、手の油脂とか成分で色が変わったりするかもしれないから、紐付ける部分しか触ってはいけなくって。

平林

でも顔にくっつけたら顔に引っ付くじゃん。

西尾

そうなんですけど。付けるときも「付けさせていただきます」と言ってから付けます。衣装も新しい衣装じゃなくて、江戸時代のものや、室町時代のものもあるんですよ。

平林

昔の衣装がまだ使えるの?

マイ衣装では無かったんですね。

平林

じゃあ何かあれば大変だね。

西尾

そうです。でも着るときに古い衣装だからビリっと破れることがあるんです。でも皆さん裁縫がめちゃくちゃ上手で、ちゃっちゃっちゃと縫うんですよ。私、家庭科もそんなに苦手じゃなかったんですけど、恥ずかしいぐらい全然比べ物にならなくて。

平林

破れちゃったらごめんなさいで済むの?

西尾

いえ、「何やってるんだ!」と怒られます(笑)。

平林

そうだけどそんな古かったらしょうがない部分もありますよね。

西尾

だから衣装は近くで見るとけっこう年季が入っているんですよ。

あの能のお面って何種類あるんですか?

西尾

けっこうありますね。実は毎年能面を打つ方がいるんですよ。能面を作ることを打つと言いますが、檜のブロックから型を切り、顔の形に合わせた型を取って沿うようにノミで削り、漆を塗って掘って掘ってを繰り返して作ります。