なぜ大学を作ろうと思ったんですか?

大学を作ったのは大きくいうと2つ意味があります。一つは教育を受ける場の選択肢を増やすことです。自分たちの街の小学校・中学校・高校の選び方って、概ね地域で縛られているんですよね。だから選択肢がすごく少ないので私立小学校・中学校もなくて、例えばイジメられたりとかイヤな思いをしたときに逃げられへんわけです。どこかに逃げどころのある教育の仕組みがあっちゃいけないのかなと思ったときに、今逃げようと思ったら不登校しかないわけです。

僕は不登校は最高だと思っていて、いや逃げたらええやんみたいな、不登校したらええやん、って思うんです。不登校してそれぞれ思い思いのタイミングで勉強してスタディサプリとかガンガン使ってむっちゃ勉強になる、みたいなことが可能やと思うんですけどね。

今はすごく閉塞感があると思っていて、勉強しなかったらお前はダメだみたいことは特に田舎ほどあると思うんですよね。逃げどころのない田舎ほどそんなことがあるなんて最悪やなと思っています。

都会はまだ転校させてあげたいとか、私立行かせてあげたいとか、何とか逃げどころが作れるのに、地域にはそれが無いことも多いわけです。そこで実際に教育の仕組みとして自分たちで学べる場が作れることを証明しないとあかんなと思って。まず大学からそのあと高校・中学校・小学校と順番に逃げどころを作って行こうと今考えていて、まずは大学から作りました。

もう1つは、いま無いものは作ればいいという風潮を作りたいという思いです。一般的には地域に大学なんか出来ないと信じている人が多いと思うんです。またどこかで閉塞感を生み出す発言が多くて、「いや、うちにはそういうのないから。そんなん言ってたって出来へんから。」と言うんですけど、本気でやって出来へんかどうかは試してみないと分からないじゃないですか、と。だから、一度やってみたら出来たわけです。

実際出来たし小さく始まっているし、その学び方が面白いなって話が進んで、喜んで勉強してくれている人も増えてきました。初年度はお試しでとにかくやってみるって感じなんですけど2年目以降はしっかりと募集して一定の人数を集めていければと思って動いています。

僕らもちゃんと学位も取れるし、それを通じて学ぶこと、そして何よりもめっちゃいろんなところから来る変な同級生がみんなと融合するんです。そのきっかけで知り合いになって、東京に遊びに行ったり北海道に遊びに行ったりとかするようになったら超いいやんか、と。普通はそういうことにはあんまりならないこともきっと多くて、僕も立命館で学びましたけど、立命館にいてわざわざ友だちの地元に行くことなんてほぼなかったし、実家に来るなんて話もなかったです。

距離が離れている前提で勉強をしているときほど、そっち行ってみるわみたいな話になりやすいと思っています。だったらせっかくこんなに今オンラインでつながっていて勉強も出来るんやったらやればいいし、その中でもし仮にうちの街の大学院に進んだ人がめっちゃ増えて、学術論文書いた人の割合が人口の1%いるみたいになると、そのインパクトってヤバいですよね。6万人のうち600人が学術論文書いた街になったらどないしよみたいな妄想を拡げていくのは街づくりとしてオモロイなと思っています。

僕はとにかく自分の方法でさっさと事実を作る。それで歴史が変わることを通じて、出来ないと思っている思い込みを全部ぶっ飛ばしていくんです。まずは出来ることを早くやったらいいと思うんです。実際そうやって可視化していくと、やっぱり一個一個やっていって、「あれ?それも出来るんや?」「大学だって出来るならイベントぐらい出来るかな?」とかね。選挙10日ぐらいで受かるんやったら、これぐらい出来るかみたいな感じの、意外なことが意外なスピードで意外に出来るんだなって思えば、じゃあこれぐらい出来るって思えるんじゃないかと考えていろいろ取り組んでいますね。

一番メインでしている仕事は何なんでしょうか?

メインは何なんでしょうね。自分でも本当に分からないんですが、敢えて言うと人の話を聴くことじゃないですかね。デンソーの仕事でも概ね人の話を聴いていたり、人とつながっていくみたいな感じ。だから人と話すことが仕事かな。

あとは小商い塾という小さいビジネスを作る塾をやっているけど、これも結局すごいことを僕が教えるわけではなくて、本人の中にある課題を一つ一つ、どうしたら解消出来るかってことを一緒に考えていきます。

一緒にその人の人生を振り返ってみると、明らかにここで凹んでいるみたいことがあるわけです。みんな何かをやらない理由はビビっているからだったり、やたら傷つくとか不安になるからなんだと気づきます。どうせやってもやらなくても僕は評価を変えへんし、普通にズッコケてうんこ漏らしたってかまへんのですよ。

だから何をビビっているんだ、と。あなたは誰に安心して信頼してもらえたら生きて行けるんや、と。そういう人をエンパワーメントするし、ちょっと怖いんですって思っているときに、「いや大丈夫やって」と横で言うことを、ずっと、どこでもやっている感じかな。

小商い塾を始めたのは市議会議員の任期が終わる一年前からですね。議員をやっているときにみんなすごく人任せな人が多いことを感じたんです。僕もよくなかったけど、市議会議員になって分かるのは、市議会議員になることに関しては応援してくれる人が多いんです。しかし市議会議員になってからも興味を持つ人は少ないです。でも議員では出来ないことがめちゃくちゃいっぱいあって、行政の人が出来ないこともいっぱいあるわけです。だから市民活動でやらないといけないことがめっちゃ多くあるんですけど、それを一緒に考えてくれるような当事者意識の高い人がみつかることはとても少ないんです。

みんな基本的に自分の生活でいっぱいいっぱいやし無理があるってなったときに、時間に余裕のある定年後のおじさんたちが市民活動をはじめて頑張り始めているんだけれども、お金がなくなったら愚痴がで始めるんですよね。「行政が金くれへんから活動できへんねや!」って。それはそうなんですが、稼ぎ方を知っていたらそんなに焦らんで良かったはずで。自分の生活がいまいち上手くいかない人たちもそうやし、行政に金をもらえへんからNPO活動続けられないって怒ってくるおじさんたちも全く同じで、自分で稼ぎ方をちゃんと定義してお金を作っていくってことが大切だと思います。

何よりも自分の好きなことや嬉しいことでお金を作れるやり方があることを諦めずにやり始めたら、好きなことをそのまま続けられるはずなんです。でも人のせいにして、社会のせいにして誰かが自分を搾取していると怒りはじめることになってしまう。

誰も搾取していないし、それは本当は違うから人のせいにしないでやらなくちゃと言えるためには、要はお金を稼ぐという教育をしないといけない。教育というか一緒に考えていく機会を作っていかないと変わらないし、ただやってみて分かるのは起業支援をしてもなかなか進みません。その仕組み上、金融機関と連動していることが多いのですが、お金の借り方を急に言われても何ともならない。

そうじゃなくて何がメンタルブロックになっているのかをむっちゃ丁寧に解いてあげないと実際にはやらないということがいろんな市民活動や対話をやっていくなかで分かってきていました。それならどんなに時間がかかっても、その人が徹底的にビビらんくなるまで付き合ってみようと、とりあえず一緒にいて話を聴いてみようと。

実際、本当に自分の持っているものを全部提供するつもりで始めたんです。最初は丹波で始めてみたわけですが、いきなりその日に長野でもやってほしいと言ってもらえて長野でやれることになって。長野で始めた東京に引っ越しする子が出てきて、それで東京でもやることになって。初年度からいきなり丹波から始めたら長野と東京の3ヶ所に拡がったわけです。次の年には10ヶ所ぐらいになりました。今年はまだ3〜4ヶ所ですけどちょこちょこと毎年やっている感じです。開催地が合計でいま20ヶ所以上になったので、1ヶ所だいたい5人ぐらいずつ塾生さんがいてくれているので、合計で約100人います。1〜2年ぐらいで終わるんですが、事業を作ったり事業じゃなくても自分のやりたいことの背中を押していくみたいなことをやってます。

一番やっぱり大切だなと思うのは、なぜ儲けたいかという点です。実際すごく儲けたいみたいな話があったら、そうじゃなくて幸せになりたいポイントや嬉しくなるポイントがしっかりあるんだったら、具体的な年収が決まると思います。

稼ぎたい理由はほしいものや環境に関係するから、どうしてもシンガポールで大金持ちになって暮らしたいなら、めっちゃ仕事しなやみたいな話になっちゃいます。だけど本当にしたい仕事や暮らしがそこにあったら年収が決まりますから、その年収を稼ぐための暮らし方になればいい。あとは今の仕事でそういう暮らしが出来てるけど苦しい人たち。給料はいい感じでもらえているんだけど、仕事が合わずしんどくて死にそうな気持ちになっている人たち。

うちの塾に来てくれるタイミングで適応障害で本気で死にたい気持ちですという時期とか、本当に苦しんでいる人もいます。振り返るとすごく自分が過去にいろんな過失を持っていたこととか、なんか割り切れてなかったものを人生を振り返るなかで見つけちゃって落ち込み、すごく落ち込んでしまうきっかけことも何回かありました。だからと言って絶対に見放さないし、落ち込んでしまった状況をちゃんと受け止めて、そのうえでもしも鬱だろうが落ち込んでようとかまへんと。落ち着いて体力を回復しつつ、一緒にやっていこうと手を差し伸べるわけです。別に一生変わらんからみたいなことを言ってると、やっぱり安心してくれますし、その安心の中で例えば転職するなど行動を起こしてくれています。

とにかく新しいことを一歩始めて出てくると、その人たちがどんどん回復していってますよね。それはすごくありがたいことだし、事業が生まれることにも増してめっちゃ嬉しいんですよ。何よりも別にそんなに頑張らんでもええんやなみたいな。そんな頑張らんでも生きていけるし、頑張っている姿を評価しているわけでもない。自分が楽しそうにしてるんが嬉しいと言ってくれる人たちがこんなにいたことに気付く。そうして喜んでくれ始めている人たちがいま出てきたのが嬉しいし、きっと僕はそれが見たかった。

そういう人たちはだいたい生きづらく生きているので、そんなに生きづらいの分かるから、「でも大丈夫やで」僕もこんなんでも生きていけるのに、あなたは無理してもむちゃくちゃちゃんとしてるで、みたいなことを伝えてますね。

きちっとしようとしてたら、もちろんきちっとしてるで、それを評価してくれる人はいるけど、ずっと首絞められている感じじゃないですか。きちっとしたくもないのに、している人はやっぱり無理しているじゃないですか。結果それがしんどいみたいになるし、回復していくなかでそれこそ自分のアイデアを言うのも恐いし、一番しんどいのは好きなものを好きって言うのすらしんどいパターンがあることを知るわけです。

これはLGBTのはなしにもつながるかも知れないと思うんですけど、自分が好きなことを好きって言われへんのは、本当に不幸なことだと僕は思っています。人は好きなことを好きって言ったらあかんはずないと思うんです。しっかり言ってそれで「キモっ」て言われたら、友達として付き合う必要がないんじゃないかと。自分の好きなことを素直に好きって言って気持ち悪いという人なんかと、絶対一緒におらんでいいと思うし、その人も一緒にいたらきっとしんどいからどうぞ去ってくださいって僕は考えます。ちゃんと自分の言いたいことは意思表明して、意思表明したうえで受け入れてくれる人たちが生きていくことは絶対出来る。そのためのきっかけが僕だったり違う場だったりしてくれたら本当にいいなと思ってやってますけどね。それが実際ちょこちょこ起こってきていることは励みになってます。