三崎に来る理由なんて、後付けだった。

ミネ

夫婦で出版社を作る前、僕らはお互いに会社員だったので、加代子は勤めながらデザインの勉強を専門学校の夜間コースで学び、フリーランスのデザイナーとして働いていくことが見えていた。僕はサラリーマンしながら雑誌「髪とアタシ」を創刊して、副業でもなく本業とも違うやり方を取ったから、よし出版社をやろう!って決めたような大きな理由はそんなになかった。二人で出版社を作ったときは、一人出版社やリトルプレスが流行り出し増えていくころだったから、夫婦で出版社をやること自体が2013年当時は新しいと思って。夫婦でやることが見え方としても面白いし、一つのブランディングにもなるだろうと考えていた。

逗子にいた頃は家の中に膨大な本と在庫を抱えていたので部屋を潰しまくっていた。取り敢えず本たちを外に出して、移り住んだ先でいろんな人たちが読めるような場所を作りたくて。その本に囲まれた空間を事務所化して仕事も出来て、商店街でのんびり仕事が出来てみたいな青写真はここに来る前から描いていた。唯一いた三浦の知り合いに三崎へドライブに連れて行ってもらったときに彼がこの物件を案内してくれて。でもそのとき彼らはこの物件の二階で卓球しかしていなかった。

かよこ

彼らはせっかくならこの場所を誰か面白い人に貸したいと思っていたそうなんです。だから夫婦出版社がこの場所を使うことを応援してくれた。本当にラッキーでした。

ミネ

東京とギリギリ付き合える場所が良かったし、ずっと神奈川県に住んでいるし、三崎だと京急1本で都心に出れる。あとはコスパと2拠点が欲しかったのと、現実的なところで言うと、自分たちの本と出版している本の在庫があったのでそれを整理したかった。

かよこ

そういうご縁もあって、トントン拍子に三崎にやって来ました。引っ越してきた後に三崎に来る必然性を感じてますけど、最初からこうなるとは想像もしてなかったですね。

ミネ

しかも三崎にいるけど僕は海にも行かないしね。今まで海沿いにずっと住んでいるわりにはサーフィンをやったことがないし、SUPもやらないしカヌーもやらない。でもやっぱり海の近くにいることで良いことって何なんだろうね?

かよこ

旅行で目の前に湖が出てきたら「うわー!」みたいな感覚があるじゃない。あの感覚が生活の中にある感じかな。私たちは好きなことして暮らしているだけだけで意識低いんだよね(笑)

ミネ

三崎に来たときは初め友だちも誰もいなかった。三崎で普通の住宅街に住んでいたら、たぶんこんなに楽しい感じにはなってないと思う。

かよこ

商店街だからいろいろ起こるんだよね。

余白のある街で場を開く

ミネ

三崎は余白だらけ。街レベルでいうとすごく余白だらけだと思う。そもそも三崎ではSNSをやっている人がすごく少ないし、ネット環境もWi-Fiがあって仕事が出来るような環境も少ないし、情報環境的に言えばノイズが少ない感じ。

多くも求めていないし、トレンドも追っかけてないし、その辺のセカセカした感じは暮らしていて感じることはないよね。逗子や鎌倉のほうがまだそういったものはあった気がする。

だから圧倒的に三崎のほうがやりやすい。こうやって「本と屯」という拠点を持って、平日は猫の方が多いくらいの世界だから、文章書いたり、何か物事を考えて企画するようなことにはすごく向いている環境だと思う。

かよこ

今三崎で「本と屯」を開けていると、ここは何ですか?と面白い人が入ってきたり。本と屯に置いてある本を見て、「ここ、ヤバい本ばかりですね!」と声をかけていただいて、何時間も話し込んだり。何時間も黙って本を読んでた人と、名刺交換したら面白い人だった……なんて出来事は日常茶飯事。そこがこの場所の面白さだと思う。

東京にも素晴らしい面はたくさんある。でも「余白」に関しては三崎の方がきっと多い。三崎は観光地としては人気なのに、消滅可能性都市に指定されて、少子高齢化も進んでいる。現実的には縮小していっているはずなのに、観光客はどんどん増えている。その可能性にワクワクはしますね。

ミネ

だから逗子から三崎へ場所が変わったというよりは、この「本と屯」という場所を持ったからたくさん変化が起きたところはある。

かよこ

そうだよね。

敢えて隙を作る。余白を作る。

ミネ

余白の文脈だと、この場所が出来たときに、いろんな人がすぐに来てくれた。小泉進次郎さんや三浦市長だったり。市長さんが来たときにこの場所の目的を聞かれて、僕はここには目的が無い、無目的空間ですと言った。それはまだカフェも始まってなかったし、取り敢えず本が並べてあって誰でも入れる謎の空間だったから。目的化するとお金が発生したり誰かが入りづらくなったり、誰かだけが入ってきやすくなったりする。僕はそれがあまり好きじゃなかった。

僕は個人的にはこの場所を美容院みたいに、おじいちゃんおばあちゃんや子どももふつうに来れちゃうような空間にしたかった。余白という意味ではこの場所自体が余白だらけ。ある意味そういう隙がない場所が今は多いんじゃないでしょうか。だから子どもなんか特に目的を作ることで弾かれちゃう。土日にここを開けていると子どもはたくさん来る。

個人的にも余白というか、だらしない部分みたいなものも求めているし、街的にもそういう空気はある。余白が無さすぎてカッコ良すぎるお店って、個人的には入りづらくて。ある意味隙を作ることは必要だと思う。

かよこ

ある意味で本と屯は「隙だらけ」だから、売上至上主義にもならなくていい。本と屯自体、私たちにとって「本業の余白」みたいなところもありますしね。とはいえ、赤字垂れ流しでは、続けられない。現状は絶妙な塩梅で成り立っていると思います。

ミネ

なるなる。やっぱりそっちが本業になると辛くなると思う。片手間じゃないけど本業じゃないっていう。

かよこ

片手間じゃないけど本業じゃないってどういうこと?

ミネ

僕らも適当にはやっていないんだけど、これをカフェ営業と言っている。でもこれは生業として真剣にやっている人からしたら、メチャメチャふざけているし、カフェを舐めるなと思われる場合もある。でも、ある意味適当だからこそ、続けられるし、誰もが気軽に入れる空間を作れると思う。

かよこ

これがもしちゃんとした副業だったらキツイかもしれないね笑。家族や夫婦でこういうことをやる分にはいいのかも。

ミネ

そうかも。これが本業だったら家にいつになったら帰ってくるのとか、何でそんな金にならないことをやっているのとか、たぶん家庭内でいろんな問題が起きるはず。