イーストトーキョーがやっぱり熱い。

遠藤

東京文化資源会議という集まりの秋葉原に関するイベントに出させてもらったことがあるんですよ。パソコン雑誌を15年以上やっていた私からすると秋葉原はホームグラウンドですからね。それで、いろんな立場の人がそれぞれ「アキバはこうなったらいい」みたいな発言をするんですが、私は、アキバはずっと混沌としていてほしいと発言したんです。UDXという東京都キモ入りで2003年に秋葉原の中心にできた大きなビルがあるのですが、あのビルが何十年かたって廃墟になったら最高だと言いました。

アジアの電脳ビル、オタクビル、たとえば香港の信和中心とか台湾の萬年大楼とか、だいたい廃墟の一歩手前みたいなところが多い。そういう場所で、若い文化が育まれるのですね。日本だと中野ブロードウェイがちょっと似ていますけど、秋葉原だと神田明神下の神林ビルなど歴史的にみても面白いビルがいくつもある。そういう家賃も安くて未成熟なモノが堆積しうる要素がないとダメなわけです。

そしたら、いちばん反応してくれたのが神田神社権禰宜という肩書の方でした。いわゆる神田明神下が昔からアキバのいちばん濃いところですからね。その方が、昔の神社の記録だといって見せてくれた巻物の絵みたいなのが面白かった。もともと、神社のお祭りは神輿を担いで回るようなものじゃなかった。あれは江戸時代に幕府が民のストレス解消にデザインしたものだという話ですからね。それでは、もっと前の神社の祭りはどんなだったかというとコスプレ行列みたいなものをやっていたそうです。

城戸

なんと、江戸時代より前に神社はコスプレ会場でもあったんですね。神田明神といえば日本を代表するパワースポットですが、アニメとがっつりコラボしてオタクの聖地巡礼地としても有名になっています。新しい要素を取り入れながら伝統を守っていく柔軟な流れが昔から神社にはあって、現代のアキバ文化とも自然に繋がったと。面白いですね。

遠藤

そういう文化の流れというのは個人的にすごく興味があって、たまたまいまの話は秋葉原ですけど、東京の東側にあるわけですよね。「東東京」、「イーストトーキョー」が面白いと思っています。私自身も、20年くらい前に中央線方面から文京区に移り住んだのですよ。これが、秋葉原や神保町が近いというだけでなく「人が住む空間」としてとても満足している。

ところがです。たとえば、「パン」のムックを買ってくると40軒のパン屋さんが紹介されているとすると、東側のパン屋は4つぐらいしか載ってない。とても寂しい。実際は、東側にも良いパンのお店があるんですよ。編集者がだいたい西側に住んでいるからでしょうね。カドカワの人たちに言ってるんですけど、東東京をもっとフィーチャーしてほしくて『東東京Walker』を作ってほしい。

城戸

確かに東側にもパン屋さんはいっぱいあるはずで、メディアが取り上げないのはおかしいですよね。ただ、西側は客層的にも新しいものや高級なものが受け入れられやすい状況があって、パン屋さんとしてもマーケティング的な仕掛けをしやすく、ニュースとしても取り上げやすいというのがあるかもしれません。東側のパン屋さんは、昔からの庶民的な老舗が多く、住んでいる人の生活に根ざした店が多いんじゃないでしょうか? 遠藤さんがおっしゃる「人が住む空間」というイメージと絡めて紹介していくコンテンツでこそ価値が高まります。 

先日、仕事の流れで江東区の森下でカトレアというパン屋さんを訪ねたのですが、カレーパン発祥の地らしいですね。カレーパンが揚げ上がる時間がお店に表示されているんですが、タイミング悪いと買えなかったりするくらい人気があって。揚げたてを食べたというのもありますが、実際美味しかったです。カレーパンのイデア(笑)がそこにあったというか。東東京には本当にコンテンツにすべきタネがいっぱいあるんですよね。なのに、最近までのメディアはマーケティング的な都合だったのか、ライフスタイルにおいて西高東低の世界観をつくっていましたよね。

遠藤

テレビ番組の歴史散歩的な話だと「東東京」が扱われることは多いですよね。だけど、そういう浅草とか神楽坂じゃなくて「ライフスタイルとしてのイーストトーキョー」というのが、実は、旬であるわけじゃないですか。外国人が面白いと思ってやってくるのも東東京であるわけだけど、そういうコンテンツに囲まれた中にある生活のほうに目を向けるべきなんです。そこに、おいしいパンがある。実は、生活空間でもある。そういう部分に応えきれてないんですよ。

城戸

コンテンツがあることは重要で、東東京はそもそもの歴史があって、その文脈を繋げばいくらでも価値が堆積していくはずじゃないですか。なのに繋げることをせずに、そこに上滑りで旧態依然の開発の発想で新築のタワーを建てたりするから、文脈が分断されて価値が堆積していかないんですよね。

遠藤

全くそのとおりですよね。

城戸

だから価値を繋げないといけないと思うんですよ。そして、ただ単に古いものが点在して残っているよという話じゃなくて、歴史と関わりながらそこに常にリアルな生活があって、それが楽しい! 面白い! ということをちゃんと伝えないといけませんよね。

遠藤

ここがとても重要でただの観光都市にしたらとかそんな話ではないんですね。もちろん、東京の西にも文化があってそれはそれで楽しい。しかし、東にもそこに暮らす目線での文化があるのにそれに特化した便利なツールがないんですよ。「谷根千」は、たまたま、森まゆみさんとか南陀楼綾繁さんみたいな発信者がいて、そういう個別に盛り上げる人がいたからよかったんだけど、そこから連鎖していく話があっていいはずなんです。そういう生活圏としての東東京を考えると、美味しいパンの本というものが、東東京に住む人間としては「この際、東東京版を作るでしょう」という気持ちになるのです。だって、東京と、東東京は、別の都市みたいなものですよ。

そういう話でいくと、先日、ものすごくショックだったことがあるのですよ。というのは、仕事で中国人留学生8人にインタビューしたんですけど、中国の人が日本に感じている魅力は何だと聞いたらどう答えたと思いますか?

城戸

何だと答えたんですかね。

遠藤

ある学生は「信じられないでしょうけど」と前置きをして答えたのが一つは日本の「自然」だったんですよ。もう一つは「歴史的な古いもの」。中国は日本よりはるかに長い歴史を持っているわけだから、「え?」と聞き返したわけです。

ところが、中国では歴史とともに都市自体が入れ替わっている。上海なんかは都市そのものが新しくて200年ぐらいの歴史しかない。日本みたいに企業が千年続いていますみたいな世界的にも稀有な歴史の残り方はしていない。木造建築で最古なものも日本の法隆寺ですよね。それを残しているという文化が世界的にも珍しいでしょうと。中国にも万里の長城という歴史的な価値の高い遺跡はあるけど、あくまで遺跡であって、歴史がいまも脈々と息づいているものは限られている。歴史それ自体は、中国が、話にならないくらいはるかに壮大なスケールであるわけだけどいま触れることができるかということですね。自然に関しても、中国のほうが何倍、何十倍ものスケールの悠久な大地があるわけじゃないですか。ところが、日本みたいに箱庭的に電車で3時間行ったら安らぐ自然のなかでゆったり出来るようなところはないというんです。

城戸

なるほど。歴史の文脈が分断されると、古い建築や歴史的な建造物は生活や文化と関わりがなくなって単なる遺跡になってしまうということですね。歴史的に価値の高い遺跡があることよりも、歴史が今も脈々と息づいている生活圏があることの方が魅力に感じるということですよね。特に、これからの時代においてより顕著にそうなるかもしれませんね。だから、ライフスタイルとしてのイーストトーキョーが貴重な存在になるわけですね。

歴史にしても自然にしてもただスケールが大きければいいということではなくて、これから本当に人類の資産になっていくのは、実際にライフスタイルと関わりながら存在しているモノなのかもしれません。

遠藤

古いものに関していえば、例えば最近は中国でも古い服を着る文化が少しでてきているらしいんですけど最近まではなかった。それに対して、日本は古い着物を着る習慣がいまでもある。だから、中国人観光客が日本でやりたいことの1位、2位とかに着物体験が入ってくる。昔の服を着ることが流行ってきているのと同じように、昔の漢字も少し流行ってきたりしているみたいですけど。

城戸

中国で漢字が流行るって面白いですね。

遠藤

古箏などは、香港映画が復活してきたきっかけだという意見があるようですね。だから古いものが中国では地続きな積み重ねではないらしいんですよ。日本には、ある種タイムカプセル的に中国やインドの文化から引き継いだものが残っている。半分以上の留学生が、歴史や自然をあげたのは、ちょっと驚きでした。この話を無理やりさっきの話に戻すと、やっぱり東東京はいい場所なんです。歴史も自然も、けして日本のそれを代表する場所ではないんだけど、それらを受け継いできた日本人らしい姿がある。そこは時間軸などスケールがどのくらいという話ではなく、古びたものとか草木や習慣に対するスタイルみたいな話ですね。

城戸

これは僕が、建築、リノベーション、不動産というジャンルで活動してきた仕事上の持論なんですが、日本人は新築好きとよく言われますが、それは一時的に刷り込まれた価値観だと思っています。庭付き一戸建ての新築を建てて一国一城の主になるのが人生のゴールというのは、戦後の経済復興のために国が政策でつくった標語です。既にそこに建物があろうがなんだろうがスクラップ&ビルドでガラガラポンしちゃうっていう雑でコスト高な発想は、日本人本来の美意識には合わないはずですよ。新しいモノに興味を持って取り込みながらも、歴史と伝統の文脈に融合させて、より価値が高まる方向を模索していくというスタイルこそが日本人らしく、新築よりもリノベーション的な発想で構築していく文化の方が日本人らしいような気がします。仮に東東京が日本人らしい姿を体現するにふさわしい場所だとすると、それを良いコンテンツだと日本人が思っていないのは問題ですよね。

遠藤

そうなんですよ。「東東京? 雷門でしょ」、みたいな感じで甘く見ているんですよ。

城戸

甘くみてますね(笑)。なんで積み上げてきた伝統にちゃんと関わっていこうとしないんですかね? これって日本人が日本の資産をしっかり運用出来ていないとも言えますよね。ただそこに古いモノがあるだけじゃダメで、古いモノが存在する場所と関わる人のつくる空気感だったり、歴史を繋いできた文脈に価値があるはずなんですけどね。

遠藤

そうですね、吉原とか谷中とかもそうだと思いますけどね。少し別軸の話になりますが「谷中ショウガ」を食べたときに、なんだ谷中といえばショウガというけど、こんなに美味いもんだったんだと(笑)。そういうことが、ちゃんと伝えられてないんですよね。

城戸

そういった文脈とかリアリティとかがちゃんと伝わる状況をつくるには、どうすればいいですか?

遠藤

東以外の東京は下らんみたいな過激な集団はどうですか?

城戸

過激派ですか?(笑)

遠藤

やはり運動がいいですよ。思想化してほしいんですよね。城戸さんはそういう立場にいらっしゃるんじゃないかと勝手に想像しているんですけどね。

城戸

そういう立場にいるかどうかは分からないですが(笑)、今のところは、リノベーション的な価値観を日本に浸透させる運動を続けていくことで、日本人のライフスタイルがどう変化していくのか? により興味があるので(笑)。ただ、どちらにしても目指すべき世界観を思想化するのは必要ですね。

遠藤

それこそ、クリムト展とかやっていましたけど、あれもやっぱり思想と運動だったんですね。当時のオーストリアにおいて自由や精神だけでなく社会的な解放をも表現していたんだそうですね。愛と官能の画家とかいわれがちですが、あの恍惚の表情をしたオバチャンもそういう思想性があって描かれていた。逆にいうと、そのくらいのことをやらないと伝わらないということですね。たしかに、それまでの古典的な表現をブチ壊している。モノを作るということは破壊することでもあるということですね。

自分の話をすると、パソコン雑誌というある意味ぐっと卑近な話になりますけど、毎月本文が300ページもある雑誌を作っていました。1990年から1998年くらいまで私が編集長をやっていた『月刊アスキー』は、非常によく売れていた時代です。広告もピークは300ページくらいありましたから女性誌なみに広告で荒稼ぎしているといわれました。ところが、1998年ぐらいがピークでその後急激に部数が厳しくなる。パソコンは成熟してケータイのほうが面白くなりネットも来た。やむをえない事情もあったのですが、次の盛り上がりをつかみきれなかった。

そういうときに、米国をみると2000年頃からファブラボの動きがあり、すぐに「Maker」ムーブメントというものが起きてくる。はるか昔の1970年代頃まではあって、その後、パソコンブームに潰されたはずの電子工作が盛り上がってきたのは本当に驚きました。その運動の中心にあったのは米国で私たちと同じでコンピューター系出版社のオライリーだったんです。『Make』という雑誌を彼らは立ち上げイベントもやりはじめた。

たまたま、その『Make』の編集長が来日したときにインタビューさせてもらいました。彼と私は、実によく似たところがあって、業界に入る前は同人誌みたいな小さなメディアをやっていて、IT系の出版の世界に入る。そして、ネットが盛り上がってきた頃には1000ページもあった『The Industry Standard』という雑誌に携わっていてそれが崩れ去るのを目の当たりにしたというのです。厚さでいうと600ページの月刊アスキーより分厚い、1998〜2001年とさらに新しい時代に隆盛を極めた雑誌が滅びるのを身をもって体験した。ところが、彼らはその痛手も癒えないときに「だったら生活の中でテクノロジーを入れて遊ぼうよ」というムーブメントを起こして人々を巻き込んでいったのですね。僕らは、ただ収束したのに彼らは次の時代を作った。これは本当に悔しい経験です。

もっとも、そのMakerムーブメントも米国では一段落したと言われています。このタイミングで何かやれないかと画策したいところです。なにかを始めるには、必ず元になるシードが必要です。東東京というのは、そうしたことができる下地になるかもしれません。運動にできる。運動にすると何がよいのかというと、運動ってブランドみたいなもので、人々がついてきてくれたらオートマチックにことが運ぶんですね。

城戸

Makerムーブメントがきっかけになって、ものづくり全てに変革が始まっていますよね。建築を3Dプリンターでつくるとかですね。これが普通になったらすごいですよ。このムーブメントは元々、テクノロジー×DIYというところから始まっていると思うのですが、DIYの精神というのがちょっとリノベーションの精神とも文化として被っている気がしまして、「自分でやる・遊びながらやる」というのが、これからの時代の精神になりますよね。

それにしても、Makerムーブメントみたいに小さく始まった運動が大きな流れになって、世界が変革されていく様を見せつけられると、イーストトーキョー以外は下らんというムーブメントも、可能性があるのかもしれません。あと、Makerムーブメントが米国で一段落したということなら、今度は遠藤さんにまた次の時代をつくるテクノロジー系の思想と運動を起こしてもらいたいと思ったりもしますが。

遠藤

パンの話に戻しましょうか?(笑)