余白と土俵

城戸

余白が必要な時代じゃないかなってことをいつも対談で話題にしているんですよ。。

遠藤

どういう意味ですか?

城戸

みんな何かに縛られて窮屈にさせられているというか、本当はあるのに見えてないだけかもしれませんが、自分を見つけるための余白が足りないんじゃないかなと。

遠藤

紙の本だとデザインスペースってあるじゃないですか。本の中ですごく重要なものです。文字や写真を追ってきた読者をそこで休ませる。文字だけビッシリの本というのはあまりない。

城戸

なるほど。インテリアをデザインするときにもやはり余白は重要だと感じます。例えば50㎡しかない住まいであっても、主寝室以外に子供部屋が欲しいし、広いリビングでキッチンは対面式にしたい、そして浴室もゆったりしたスペースでと、たくさんの機能をギリギリまで詰め込みたいと要望されることが多いです。でもそうなると、空間の全てを機能的に埋め尽くすような設計になるんですね。それは全然面白くないと僕は思いますし、実際に完成した空間は想像していたよりも窮屈に感じるものです。図面で見たら無駄かもしれないと感じる余白をつくっておくことが、住み始めてからの暮らしを生き生きとさせ、空間が豊かに躍動するための原動力になるんですよ。だから、余白はパワーの源だと思うんです。

遠藤

余白は大好きですよ。四ツ谷駅の三角形で何もないところ知ってます? 四ツ谷駅の窓から見下ろすと草が生い茂っていて、JRと丸の内線と新宿通りに囲まれた三角空き地みたいなものがあるんですよ。どこからもアクセス出来なくて、そこに霊が宿っているんじゃないかと思えるくらい何もない空間です。グーグルアースで見るとただの緑の三角形になっていてすぐに分かりますよ。いま話に出ていた余白とはちょっと違うのかも知れないですけどね、ああいうのはちょっと楽しい。

城戸

改札の目の前の一等地なのに立ち入り禁止の不思議な空気を感じる空き地ですね。これも余白ですよね。やっぱり人って、なんだかわからないものに興味が湧くし、それが何か新しい発想を生むかも知れないし。遊び心っていうのもそういうことですよね。

遠藤

ぜんぶ合理化されたら相撲の土俵みたいになっちゃいますよね。戦うために丸く線を引きましたみたいな。

城戸

そうですね。

遠藤

でも、土俵も場所のたびに作っているのはスゴイですよね。

城戸

あれは場所のたびに作っているんですか。

遠藤

しかも、昔は力士が手をつないでグルリと回って作っていたんで、それをやる若手力士の手の長さの違いで場所ごとに直径が違ったらしい。

城戸

それは面白い話ですね。しかも、余白を感じます(笑)。

遠藤

ディスカバリーチャンネルで見ただけですけどね。大相撲の中継も土俵を作るところから中継してほしいよね。

城戸

土俵を作るところから中継すれば、そこにストーリーが生まれますよね。

遠藤

土もどこからもってきたのか? 気候でどう変わる? 私が子供のころは四方向に柱がありました。テレビのアナウンサーが、柱の陰でどっちが先に足が出たか見えなかったとか言いましたから。

城戸

そういうどうでもいいことが面白いわけじゃないですか。

遠藤

そうそう。余白に似た話ですね。留学生の話に戻ると、彼らはとても頭がよくていろんなことを言ってくるのですが、相撲はエキサイティングだから日本はもっと相撲をプッシュすべきだというんですよ。たしかに、クールジャパンという割に相撲はそんなに推されてないですね。もっとショウアップしてやればいい。なるほどなーと思ったのですが、そういうときに、相撲中継の映像もぐっと寄って映し出したりしたら違ってくるじゃないですか。だって力と力のぶつかり合いだから。

城戸

中継の映し方も試合をつまらなくしているのかも知れませんね。

遠藤

全くそうなんですよね。

城戸

格闘技の試合ってもっとダイナミックに映すじゃないですか。僕自身もキックボクシングをやっているんですけど。

遠藤

おー。やりそうですね。

城戸

(笑)相撲にしても、伝え方でだいぶ変わりますよね。

遠藤

ラグビーとか、今どきのカメラ技術からしたら相当アップ出来るのに、意外にやらないですよね。あれは何なんですかね。

城戸

何でですかね。客観的に見て試合の流れを見せたい意図かなとは思いますけどね。ただ、サッカーと同じに見えますよね。ラグビーはぶつかり合いが華ですもんね。タックルやスクラムで怪我するリスクは格闘技以上にあると思うんですよね。そういう迫力満点のことが起きてる。あれをもっと近づいたアングルで映したら相当面白い。

遠藤

相当スゴイですよね。音とかもスゴそうですよね。音は収音ガンマイクで!

城戸

そういうリアルで生々しいところをもっと見たいですよね。

遠藤

中国人留学生にそんなことを提案されちゃって(笑)。

城戸

相撲はもっとすごい競技のはずですから。

遠藤

だってそうですよ。取り組み後の記者会見もお決まりじゃないですか。ふんどしとかももっとちゃんと映すべきじゃないですか。

城戸

ふんどしのディティールをしっかり舐め回してほしいですよね。

遠藤

土俵入りで力士がぐるぐる回る感じで歩くじゃないですか? もういちいち紹介してやるとかね。やるべきですよね。日本のクローズアップレンズの性能たるやすごいわけだから、いちいちふんどしが何キロありますみたいにやってほしい。阿佐ヶ谷にいたとき近くに花籠部屋があったから、ビルにちょっとシミの付いたふんどしが縦に干してありましたよ。何なんだろう要するにリアリティーが欲されていないのですかね? いろんな意味でリアリティーが無くなっているのかも知れない。東京もそうかもしれません。

城戸

余白のなさって、記号化っていうのとけっこう近いのかもしれないですね。

遠藤

記号で処理していると余分なものはいらなくなるからですか?

城戸

リアリティーを求めなくなるってことです。リアルな真実を受け止める心の余白がなくなってくると、全てを記号で処理するようになっていく。リアルじゃないのに面白いなんて本当はあるはずがないんですけど、満足した気分というのも記号になりつつあるのかもです。イーストトーキョーの話もそうでしたが、本当は面白いモノがたくさん隠れていても見つけられないというのは、リアルにモノを見てないからじゃないかと。東側に限らず、東京ってもっと面白いと思うんですけどね。

大事なのはストーリー

遠藤

リノベーションって言葉は誰が流行らせたんですか? いつ頃から言われ始めたんですか?

城戸

リノベーションによる建物の価値再生が社会的にも必要不可欠になるということで、日本でその研究が本格的に始まるのが’80年代くらいからだったと思います。もともと欧米ではリノベーションは当たり前の発想としてありました。日本では、新築至上主義で戦後の経済政策を進めてきたこともあって、未だに新築の方が中古よりも単純に価値が高いと信じ込んでいる人たちが多いですから、一般的な話として通じるようになってきたのはつい最近です。まだ、20年も経ってなくて10年ぐらいですね。

ただ、リノベーションという言葉が浸透するよりも早く、そのデザインの文脈については’90年代から裏原宿のブティックなどで実践されていて、欧米的なストリートカルチャーとして輸入されてきた感じはありました。例えば、コンクリート現しの躯体にDIYでペンキを塗ったり、使い込んでエージングされた無垢の木のフローリングを敷き込んだり、経年で鉄部が錆びたヴィンテージ家具を置いてみたりといったかたちで。でも、リノベーションがキーワードとして浸透していくのは、2000年代に入ってから、10年くらいかけてジワジワとですね。

僕がリノベーション1本でやっていこうと決めたのは2004年ですが、最初は普通に言葉が通じなかったですね。不動産のプロを相手にしても通じなかった(笑) だから、説明するのも信用してもらうのも大変でしたが、その代わりに検索キーワードがものすごく安かったんですね。リノベーションで検索する人がマニアな人しかいなかったので、当時はリスティング広告も出し放題でしたね。

遠藤

いい話ですね。だからリーチしやすかったわけだ。

城戸

当時はめちゃめちゃリーチしやすい状況でした。検索するのはマニアな人たちで目的もはっきりしていますし。しかし2008年にリノベーション協議会ができて、ここに市場があるとはっきりしてきた頃から、大手不動産や不動産テック関連のIT企業などの参入が始まり、10年くらい前からだんだんとキーワードも高騰してきたので、今はSNSの情報発信を中心に集客をしています。

遠藤

また言葉を作ればいいじゃないですか。

城戸

リノベーションの代わりに?

遠藤

そうです、言葉はやっぱり生き物だから。パワーワードを作れたらいいですね。

城戸

そうやって新しい巻き込みのプログラムをつくるってことですね。そういうのは楽しいですよね。

遠藤

そうか、リノベーションはそんな感じですか。

城戸

そんな感じですね。ビジネスとしてはまだまだ始まったばかりの市場です。

遠藤

『東京人』で10年ぐらい前にリノベーション特集をやっていましたよね。私は、たまに『東京人』に原稿を書かせてもらっていたんですけど、秋葉原の街のしくみみたいな話とかですが、たしかリノベーションの特集もあった気がします。

城戸

10年くらい前から雑誌でもリノベーションが特集されるようになりましたね。それより前はリノベーションはマニアにしか響かない言葉だったので、建築の専門誌くらいしか扱わなかった。

遠藤

『東京人』は、台湾特集もやりますからね。台湾に残る日本統治下時代の建物がテーマだったり、そういうものに編集部が興味を持っているんでしょうね。

城戸

『東京人』は建築の特集も多いですし、文化的で、マニアックですよね。そこにあるものをただ伝えるだけじゃなくてちゃんと解釈があるというか。

遠藤

やはり解釈というのがいいですね。それを作った人の心意気みたいなね。もうリノベーションは文学ですね。読むみたいな面白さですからね。

城戸

そうですね。その建築をつくった人の心意気を読み取りながら、これからこの建築を利用する人にとってどうあるべきか、これからの社会にとってどうあるべきかを考えながらリノベーションの設計をしていきます。受け身で設計しても何も価値が生まれないので、まさに文学です。

遠藤

今スタッフは、いっぱいいらっしゃるんですか? 作業分担的にはほとんど1人でそこを考えるんですか?

城戸

僕だけで考えることはないですね。大枠をまとめるのは1人だとしても、物件を探す段階からリノベーションを考えると大きい枠だけでも不動産と建築の2つに専門が分かれます。不動産の段階でもファイナンスが絡む場合がありますし、建築の段階でも構造的なところまで考えるとか、断熱などの機能改善が必要だったり、大きな設備の導入などが絡めば設計も施工も複雑になりますし、いろいろなパターンが発生します。だから、複数の意見を聞きながら進めるのがスムーズです。そこもプログラムなんですよね。全てが同じパターンじゃないというのも面白いです。

遠藤

そうですね。基本的には一個一個作りますよね。建築は何でそうなんですかね? 不思議ですよね。自動車とか工業製品とかだったら全部一緒じゃないですか。

城戸

建築は不動産と絡んだ資産だからです。その建築を利用する目的や、住宅なら暮らす人の要望などもありますが、さらに、土地の形や条件があって、歴史の文脈があって、エリアの価値があって、個人経済だけじゃなく社会経済とどう関わるかも考えないといけないです。投資をしたら出口をつくらないとダメだからです。そうしないと、所有者は大きな損を被りますし、資産が不良債権化すると空き家問題などで社会に悪影響を与えてしまいます。

だから建築は一個一個を個別に考えて様々な条件をすり合わせながら、経済性やリノベーションによる維持管理の計画も踏まえて設計する必要があって、そこが難しさであり、面白いところでもあります。

遠藤

城戸さんの会社が携わるのは、住宅以外に店舗もあるんですよね?

城戸

そうです。

遠藤

店舗も意外なものから意外なものへ変わりますもんね。それこそニューヨークの最初にできたソーホーのアップルストアなんて郵便局だったわけですからね。

城戸

郵便局を店舗にするとか用途変更をともなう改修をコンバージョンといいますが、リノベーションの中でもコペルニクス的な展開がよく起こるパターンです。特に店舗は歴史の文脈を利用しながらもわかりやすく価値を上げやすいところが面白いですよね。

遠藤

あの意外性はよかったですよね。

城戸

そうですね。郵便局だったと見た目でわかることが重要ですよね。

ちなみに、ここまでの対談で出てこなかったですが、実は遠藤さんと僕が話すきっかけになった求道学舎も日本を代表するコンバージョン事例ですね。大正15年に学生宿舎として建てられた建築を、美かった既存の外観をほとんど変えることなく、共同住宅として再生しています。求道学舎はすでに築90年を超えていて、鉄筋コンクリートでは日本で最も古いクラスの建築ですが、どうやらリノベーションによって200年続くマンションを目指しているようです。面白いですよね。

遠藤

たまたま、縁あって知り合いから借りて住まわせてもらっているわけですけど、そうですよね。

城戸

最近の日本が忘れかけていたことですが、ストーリーを繋いで価値を上げていく思考が、これからの時代により大事になっていくはずです。すごく重要ですね。