逗子に好きになった理由とは

すごく良い意味で逗子は田舎だと思ったんですね。鎌倉の隣に位置するのに、逗子はまったく違う街なんです。昔ながらの商店街は残っていますし、だいたい20時になったらほとんどのお店は閉まっちゃう。高いビルや明るい建物がないから夜がちゃんと暗くて星がきれいに見える。 

僕が逗子を好きになったのは、電車を降りたときに割と東京と違う匂いがするとか、あと異常に街が静かなんですよね。やっぱり以前住んでいた中目黒はノイズみたいな車の音が常に聞こえているんです。逗子は自分が声を出さなければ、本当に「シーン!」と無になる感じがいいなと思って、そういう感じが僕の逗子の好きなポイントです。それもたぶん不便の裏返しですよね。何も便利さがないからこそ、そういう状態が生まれるというか。 

逗子に住もうと思ったきっかけは?

もともと横浜で生まれ育ちました。大学時代は高円寺に約6年、その後電通に就職してから一番長く住んだのは中目黒です。結婚したあともしばらく中目黒に住んでました。 

大学の友人が逗子にいて、前々からよくバーベキューなどで遊びに来ていました。奥さんと2人でも遊びに来るタイミングが、ちょうど結婚を機に物件を探すタイミングだったんですね。ある日、逗子の地価を知ったときに衝撃を受けました。それで奥さんと2人でこれは何が正解なんだろうって。ただ、いきなり逗子で家を購入することはややリスキーだなと思ったので、まだ子どもいなかったので、今なら賃貸でダメなら戻ってくればいいやぐらいの感じで行こうと奥さんと話し合って逗子に来ました。両親が横浜の相鉄沿線に住んでいて、車だと30分ほどの距離なので、子どもが生まれた後のことを考えても、何かあれば来てくれるなと思ったんですよね。 

今も逗子には賃貸物件に住んでいるんですか?

最初の二年間は賃貸で住んでました。そのとき住んでいた物件が戸建の駐車場付だったので車も買いました。それで自然と次に住むのも戸建てしかないと考えて、今は購入した戸建の家に、その後生まれた子供と三人で住んでいます。 

単純に考えてしまうと、やっぱり都内から遠いイメージが逗子にはあるので、通勤をどうされているのかには、必然的に興味を持ちます。

通勤時間ですか。僕はいつも子どもを保育園に朝は送っているので、それも入れると会社までは1.5時間くらいかかるかな。でも逗子は始発なんで、電車に乗っちゃえば1時間2分で着きます。通勤は苦じゃないどころか、通勤「が」最高なんですよ。通勤が最高なんで逗子を選んだってこともあります。 

え? 通勤「が」最高なんですか?

通勤が好きで、逗子にしたと言っても過言ではありません。僕はもともと移動するときにものすごく仕事をするタイプなんです。移動中は仕事なんて絶対出来ないって人もいますけど、僕は飛行機でも新幹線の中でも出来るんで、だから例えば京都なんかに行くときも車内ですごく仕事をします。 

移動中の仕事の何がいいかと言えば、もちろん集中出来るんですけど、移動時間=締切が迫ってくる感じが良くて、「あと何分で目的地に着くから、それまでにこれを仕上げなきゃ」って感じが、意外とメリハリつけて仕事が出来て、1つの企画を考える場合、企画書にまとめるのに通勤時間がちょうどいいサイズ感なんです。

逗子からだとちょうど横浜が真ん中なんですよ。横浜 までで30分、横浜から新橋までで30分。そう考えると 、横浜に着くまでに1回バーっと企画を膨らませて、横浜を過ぎたころから企画をまとめはじめて1回企画書にし、西大井に着いた辺りで書いた企画をもう1回チェックすると、だいたい企画書が出来るので、通勤時間はすごく最高です。 

逗子に引越したという話をすると必ず通勤の大変さを聞かれますね。 「通勤無理じゃない?」とか「俺はその距離通勤無理だ」とか。でも僕の場合は全く真逆で、しかも子どもが生まれた後は、家に居てもなかなか1人の時間がなくなってくるので、そうすると通勤時間だけが本当に1人でいられる時間になるわけです。 

職住接近がいいという人もいますが?

どっちか極端になると思います。職住接近で歩ける距離に住むか、僕のように逗子ぐらいの距離に住むか。前に住んでいた中目黒は中途半端だったんですよ。駅まで歩いて10分、メチャ混みの日比谷線に乗り、六本木では深い場所で乗り換え、またメチャ混みの大江戸線に乗るわけです。ドア to ドアで40分かかっていたんですよ。何も出来ないドア to ドアの40分と逗子からの通勤で何でも出来る1時間なら、全然後者になりますよね。一日2回もそんな時間を持てるのは最高です。もちろん住む場所については奥さんなどの理解も必要ですが、この感覚は実際に実践している人は分かるし、実践していない人は一度ぜひ、とオススメしたいです。 

不便と便利は裏表だと思っていて、逗子に移り住んで結果出来なくなったことは、帰る家までの距離があるので、飲み会の二次会や〆のラーメンに行けなくなったことですね(笑)。家が逗子にあることが帰るきっかけになるし、だから二日酔いがなくなりました(笑)。たしかに20代のころはコミュニケーションがすごく大事だと思っていたから、僕がまだ20代だったら逗子に住むことを選択しなかった気もするし、今だと全然飲み会があったとしても、飲み会に行くこと自体は減りましたね。どうしても撮影や編集・プレゼンの前で、終電よりも遅い時間帯になることももちろんありますけどね。 

いま田中さんはクリエイティブ職として活躍されていますが、そもそもクリエイティブの仕事に転向したいと思ったきっかけは?

割とそこまでやりたいことが見つからないまま電通に入ったので、何が何でもクリエイティブ職に行きたいわけではなかったのですが、昔からCM や映画は大好きでした。でもはっきりとそれを希望として伝えずにいたら営業職に配属されました。営業職でもCM作りに関わることがあります。そこでは営業なので進行管理だったり予算見積りを出したり、問題が起きたら対応したりをやっている中で、現場を見ているとやっぱりクリエイティブ側になりたいと除々に思い始めました。

電通は会社の制度でクリエイティブ側に転局出来る制度のクリエイティブテストがあります。でも、これがかなり狭き門で、試験を受けても年によっては合格者が0人の場合もあるんです。僕の場合は2度目のテストで合格し、転局することが出来ました。 

ちなみにクリエイティブはどんなテストなんですか?

変わったテストですよ。アイスクリームの木の棒あるじゃないですか、アイスを食べたらメチャクチャ面白いことが木の棒に書いてあった。いったい何と書いてあるか10個答えなさいとか、渋谷ですごい人だかりの真ん中に外国人がいます。 Tシャツに何て書いてありますか?という感じの試験です。最近の内容はわからないですけど。それで異動することが出来ました。何を書いたかは言いませんが(笑)