自分自身で暮らしを作るとはどういうことなのか?

松原

カヤックLivingの会社のビジョンは「暮らしをつくろう」なんです。住宅事業のSuMiKaと移住事業のSMOUTをやっているのはそういう理由で、住宅も建築家と家を作ることに特化してマッチングする事業をしています。そういう人ってオーダーメイドで深く考えないと家は作れないので、暮らしの主役は自分自身な訳だから自分で暮らしは作ってくださいって考えなんです。その考えの延長線上に移住もあるんです。

指出

ぼくは元々、地方創生とかコミュニティとかリノベーションとは全く違う文脈の世界にいて、アウトドアやバックパッキング、釣り雑誌の編集者でした。大学4年からアルバイトでアウトドア雑誌の編集部にいたんです。

そもそも小2から魚のことしか考えてないし、今こうやっているときも、家で飼っているタナゴは今日の高水温でも大丈夫かなとか思っている。それぐらい魚が大好きなんです。

その中で、例えば、「カルトQ」というクイズ番組の「ルアーフィッシング」の回に出てみたら優勝して、これは面白い知識を持っているから正社員として雇おうって、当時いた編集部でなりました。古今東西のルアーフィッシングの知識は半端なく持っていたのでそこから編集者になったんですよね。大学のときにラムサール条約という水鳥と湿地を守る国際条約を勉強していたんですけど、それも単に釣り場に行けるからっていう理由で勉強していました。

松原

徹底してますね。

指出

結局、こういう出自が全国の首長や行政のみなさんにウケているのかもしれません。なぜかと言うと20~30代のほとんどを圧倒的な中山間地域や僻地と呼ばれる場所にしか行ってなくて。家は都内で、恵比寿や青山の一軒家を友人とシェアして住んでいたんですけど、僕はプライベートでも、仕事でも、東北や紀伊半島、中国、四国、離島などの中山間地域に登山やキャンプや釣りばかり行っていました。

そういった経験も踏まえて、首長や行政のみなさんの前で「僕はイワナのことしか考えてない」とか、「タナゴのことしか見ていない」と言うと、そういうかけがえのない貴重な魚はみんな自分のところに普通にいたりするものだから、ものすごく喜んでくれて、「うちに遊びにおいで」って話になったりするんです。そういう意味で、もしも僕が真正面から地域づくりとか地方創生をやっていたら、首長が「コイツは面白いな」と思わなかっただろうとすごく感じます。

カヤックLivingが出来たきっかけ

指出

SMOUTとカヤックLivingはどっちが先にあったんですか?

松原

カヤックLivingの設立と同時に住宅事業のSuMiKaを譲受しています。そもそもSuMiKaはその3年前にカヤックが別の会社に売却したサービスなんです。

指出

じゃあ買い戻した感じなんですか?

松原

はい。売却する前は私がSuMiKaの事業責任者でした。その後もSuMiKaには関わる中で、家族だけで、自分の家という箱の中だけで作る暮らしから、もう一歩開いて住み聞きって言葉もありますが、家の箱の中から間口を拡げるコミュニティと一緒に暮らしを作るって生き方が、拡がってきたとは思ってたんです。

そのときにカヤックが暮らしと地域の事業会社としてカヤックLivingをつくり、私は一度独立していたのですが、呼び戻されました(笑)。それから約半年ぐらいプランニング等をした結果、移住のハードルを下げるのは「人との繋がり」だろうと人と人とのマッチングに行き着きました。

人生において買うよりも作った方が楽しいなとか自分が自己責任で選んでいく人生が絶対 happyだなという感覚はカヤックの理念でもあるけど、私の中にもあった価値観でもあります。

ローカルはグローバルで、グローバルはローカル。

指出

松原さんは、海外に留学している期間は長かったんですか?

松原

いえ全くないです。(笑)海外経験は全くなくて、海外に移住しようと思ったのは、ある日ふと子どもが出来たときに思ったのがきっかけです。自分のしていない暮らし方で、他のカルチャーが見たいと思って、そこの中に身を置いたらコミュニケーションの質が変わるじゃないですか。

私はPRの仕事を重ねていて、カヤックでずっとブランドとPRのことをやってたんです。そうするとコミュニケーションは、カルチャーの背景が分かっていないと成り立たなくて、人とのコミュニケーションで伝わることが限られていることにすごくもどかしさを感じていました。

自分のそういう背景があったから、子どもが生まれたときには、自分の人生以上の人生というか、私はあと30年かも知れないけど、子どもはあと70〜80年あったときに、日本を出ていろんなカルチャーを知る経験をしてほしいなと思ったんです。

それで海外で暮らしたいと夫に相談したら「面白いね」となって、そこから海外も含めて暮らしてみるかとなりました。日本のローカルも面白いなって思ったんですけど、私は富山出身で夫は岐阜の美濃の出身で、だからローカルを割と肌で感じてた経験もあるし、そこはいずれ戻るとしても30〜40代のあいだに一度外に出てみようって、6年ぐらい前に海外も含めて移住を考え始めたんです。

指出

そうなんですね。僕自身もすごくローカルの人っぽく語られがちですが、元々はグローバルが好きだったんです。大学は国際関係法を学ぶ学科だったし、スコットランドに留学していたし、新婚旅行はパプアニューギニアで、ベネズエラで釣りビデオを撮っていたら、たまたま前大統領のチャベスのクーデターに遭遇したこともあります。

実はもともとグローバルなんです。アイスランドの地熱発電所を見に行って大統領にインタビューをやったりとか、そういう仕事もやった上で、いまローカルを語っています。

みんなすごく、「指出さんはローカルで、宮本常一先生に憧れていて」、って思ってくれるんですけど、それはもちろんそうなんですけど、意外と外国が好きで行ってましたね。でもそれは今考えると行っておいて良かったですね。それと同じような感じを手軽に味わえるのが、日本の中山間地域をはじめとしたローカルです。エキゾチックさは別に欧米や東南アジアだけの特典じゃなくて、実は高知に行ってもエキゾチックだし、クリエイティビティやファンタジーは東北に行っても感じられます。

何かちょっとだけ軸足をずらして接触すると結構面白いものに出会えます。最近は中山間地域に行くと、それを面白いと思う人たちが若い人の中でも、ああ、いるな、増えてるなとか、継続的に層が出来ているなってことは感じています。

松原

増えてますよね。日本のローカルってグローバルなローカルと等しいところがいっぱいあるんです。海外のローカルで成功した街づくりの事例は、それ日本の昔じゃない?って事例が割とあるんですよ。特に海外に行った経験のある子のほうが、日本のローカルの面白さに気付くし、発見出来るってことがあって、そこの共通点を繋ぐってことは割と日本自体がもっと世界とつながっていく可能性を秘めていると思うんですよ。

指出

松原さんが移住されるポートランドもそうだし、サンフランシスコもきっとエストニアも基本的にはローカルじゃないですか。

松原

そうそう、そうそう。

指出

ローカルがカッコよくて世界的に注目を受けて、それは世界的に発信しているから受けているわけじゃなくて、そのローカルがカッコいいから世界のみんながキャッチしている訳で、グローバルを目指した結果というよりは、ローカルのカッコよさが全世界的にいいね!と思ってもらった結果なんです。そこを履き違えると何かビジョンのないグローバルを目指さなきゃってなるから、僕はそれは嫌なんですよね。それはすごく嫌だな。