編集者としての原点

玉置

僕はいま会社3社目だから、そんなに会社に対して忠誠心があったり、同じ会社で最後までとかそういう気持ちは全然ないんですよ。どちらかと言えば僕の場合は、仕事が面白いか面白くないかが重要なんですよね。

最初は大阪の産経新聞で記者を約6年やっていました。もともとは編集者がやりたくて就職活動をしてましたが、いろいろ出版社を訪問をしていると、もっとやりたいことを直接やりたいと思うようになりました。ちょうどフジサンケイグループのセミナーに行った結果、フジテレビに入ろうと思って、友だちに頼んだら間違って産経新聞に出しちゃって。。

当時フジテレビには、鹿内春雄さんという革命児みたいな人がいて、彼がフジサンケイコミュニケーショングループ会議(FCG)の議長になった年だったんですよ。彼はメディア軍団の覇者になるとポスターにも書いていたぐらい野心に燃えていて、当時の朝日・読売・NHKらの枠組みじゃないものを作ろうという意志がありました。それもあって、その年のフジサンケイグループの全ての最終面接には彼がいました。

僕はと言うと出したものは仕方がないから、そのままずっと受けていると、たまたま一次二次と通り、最終面接で鹿内さんと対峙しました。当時から僕は情報に興味があり、情報産業がこれからは大事だと。そういう意味でいうと流通も情報なんだということを熱く語っていたら、鹿内さんがうちにも流通をやっているディノスやいろいろあるんだ!とけっこう言い合いの口論になって。それだから落ちたかなと思っていたら、結果的に受かったんです。

後で受かった人と話をしていると、揉めた人がみんな通ってたんです。僕自身は何も戦略的じゃなかったんだけど、たまたま向こうの考えていることと合致していたってことで(笑)。新聞社にはそれほど興味がなかったんですけど通ったんで、新聞記者も一度ぐらいはやってもいいかなと思って入社しました。

入ってみると意外と水が合って、僕はずっと警察担当だったんですね。最初は神戸支局で次は大阪社会部、兵庫県警本部の捜査二課や大阪府警の捜査一課の担当でした。すごくハードボイルドだったのが僕の趣味に合ってたんです。もし政治部だったら嫌になって辞めたかも知れないんだけど、サツ回りだったんで忖度も全然ないんですよ。

本当に記者が純粋に人の知らないことをキャッチして、それを知らしめるわけです。しかも勤務当時はいろんな災害があって、そこに駆り出されることも多かったですね。顔写真を出す出さないとか実名報道については、当時から、気持ちは反対でしたが、実際には黙々とやっていました。そういうお涙頂戴の部分は僕も当然やっていた訳で、事件を追いかけ、特にグリコ・森永事件と朝日新聞襲撃事件も担当してました。

何をやっているかというとほとんど警察と同じ捜査をやっているんですよ。ずっと現場の聞き込みをして、出てきた破片の化学組成を研究所に行って調べたり。警察とはある意味同時か後追いなんですよ。結局知り得た情報を夜討ち朝駆けといって捜査本部から帰ってくる刑事を家の前で待ち、情報を当てるわけです。

警察は守秘義務があるから喋っちゃいけないから、そんなことがあったよとは絶対言わない。だから勘取りというコミュニケーションでお互い言えない・聞けないけどみたいな微妙なやり取りの中で、どうもこれは知っているようだと判断出来たら、警察の調べによるとって記事にするわけです。当時は新聞社が調べて調査報道的に書く記事はあまり無かったんです。少なくとも捜査本部が把握している案件として出していました。朝駆けもすると結局家に帰るのが夜中の3時ぐらいで5時にはタクシーが迎えに来るから家に2〜3時間しかいないパターンで。しかもほとんど休みがないんですよね。

平林

そんな環境だと、同期や周りの人は仕事が続きましたか?

玉置

だから本当にブラックだし、労働条件的にはちょっとありえないですよね。睡眠時間は移動するタクシーの中が多かったですね。当時はタクシー代だけで月100万円ぐらいになってましたよ。ただ、新聞記者という仕事はやり始めると本当に面白くて、ある種アスリート的な快感があって、辞める人は少なかった。

平林

今の新聞社さんもノリは同じなんですかね?

玉置

夜討ち朝駆けはどうでしょう。働き方改革もあるし、当然労働基準監督署が調査に入るからある程度は改善されていると思いますけどね。

結局、新聞記者は6年間やりました。東京は政治部が強いですが、大阪は事件が一面に行くんで、大阪府警捜査一課を担当するのが、事件報道のある意味最高峰なんです。つまりサツ回りが一番偉いんですよ。だからある意味新聞業界の捜査報道の頂点を二年ぐらいやったんで、そこそこ納得して辞めました。

基本的に僕は次の就職先を決めてから辞めることを絶対しないんです。結局はもともと編集をやりたかったこともあり、記事を書くよりもそれをどう割り付けて編集するかのほうが僕はやりたかった。辞めると言ってから次を探すようにしているんで、たまたま福武書店(現ベネッセ)が月刊の女性誌を創刊するための募集をしていました。福武書店が出している海燕という文芸雑誌がすごく面白いことをしていて、それもあり面白い会社なんじゃないかなと受けて、600倍だったんですけど、それに応募すると受かり入社しました。

創刊雑誌はカルディエという表紙が黒澤明監督の絵コンテだったりして、今では誰も知らないマニアックな雑誌でした。残念ながら本当に売れなかったんですね。

平林

どのくらいやられたんですか?

玉置

福武書店に在籍したのは2年です。一年半ぐらいカルディエが続いたんですけど休刊しちゃって、そのあとたまごクラブひよこクラブの準備をしていたんです。そうしたらもう少し本格的な出版社に行きたいなと思って。福武書店は言うまでもなく、進研ゼミがメインの会社なんで、あの会社のなかでは当時出版部門がすごく小さかったんですよ。

また辞めてから転職活動を始めました。東京で2年仕事をやっていたから、それなりに同じ業界の知り合いも増えたので、いろんな出版社で話を伺いました。最後は太田出版とカドカワで悩みました。太田出版の当時の幹部の方と話をした際、「君は何がやりたいんだ」と言われて、僕は「死ぬほど忙しくて情報を扱う仕事が良いんですよね」と言ったら、それはカドカワだって言われて(笑)。カドカワには、東京ウォーカーの初めてのスピンアウトでシュシュという雑誌の創刊直前で入ったんですよ。そこからは25年ぐらいウォーカー系の仕事をずっとやっていたような流れなんですよね。

正義って何だろう?

たまに自分も老害なんじゃないかと思うことがあるんですけど、若い子らと会話すると、稀に「え、そんなことも知らない?」みたいなケースがあるんですよね。

玉置

でも自分が20代だったころに、同じようなシチュエーションで似たようなことはあったよ。

でも今分からないって人が10歳経過しても、分からないまま平行移動しそうな気がするんですよね。

玉置

もしかすると、逆に僕らの知らないものを良く知っているかも知れないけどね。

平林

アンテナの感度が違うのか、アンテナを向いている方向が違うのか、その違いな気もするけどね。

玉置

望月さんが求めているような答えになるか分からないけど、もともと知識に対して貪欲な人とそうでない人はいつの時代もいるんで、特にかなり全方位だったり、過去やいわゆる現在進行系の例えばいろんな理論、哲学を吸収しようとしている人はいつの時代も少ないと思うけどね。

だから、僕らが若かった頃は若かった頃で、歴史に対して無知な人もいっぱいいたし、かといって別に自分がそれほど歴史学者でもないわけだから、無茶苦茶詳しいわけでもないけど、時代ごとの変化がどれくらいあるのかな。今の時代は、特にそういうことに対して感度が落ちているのかどうかは分からないよね。

例えばSNSのなかで意見が多いから、それは正しいみたいなことがある場合、そういう認識に至るようなことに陥るのは怖いなって思うこともあるんですけど。

玉置

それはSNSの時代の大きな弊害なのは間違いないよね。結局自分の意見と違う人はどんどんフォローを外すし、下手したらブロックしたりミュートしたりして、自分に近い人ばっかり残していくから、タイムラインを見ると常に自分の意見に近い人が出てくるのは間違いない。昔に比べると濃縮度合いが強いかも知れないよね。僕だってそういうところはあると思いますよ。

僕は全ての意見を聴きたいからみたいな高邁な姿勢ではSNSを見てない。だから流石に全く相容れないものがどんどん出てくるのは嫌なんで、ブロックはしないけどミュートはしますけどね。だから結局僕のタイムラインだって、間違いなく濃縮はされているんですよ。

たしかに自分もあまりにヤバいのは外したりはします。本当に自分がSNSで見えている範囲で大勢を占める意見だから、それは正しいという認識に陥る感覚はヤバいと思うんですよね。

玉置

SNSへの依存度が高ければ高いほど、当然そういうことに陥りやすくはなりますよね。基本的に大きな問題は、さっき僕が言ったような情報の流通の話につながるんですけど、主義主張や党派性を持って発信をする人は、都合が悪いことを端折るんですよ。それで都合が良い話をパッチワークのようにつなぎ合わせて、ストーリーを作っちゃう。

平林

新聞とかニュースの受け取り方ってみんなそうですよね。みんな自分がこうあってほしいって情報だけピックアップしがちじゃないですか。

玉置

例えばつい最近の記事でも、日本について廃業が増えていて日本は不況だって書いてあったりしていた。でも実は開業はすごく増えていたり、倒産は減っていたりするんですよ。でも開業が増えていることも倒産が減っていることも外して、廃業だけ増えていることだけを書くと、そうかなって思うじゃないですか。

だから都合の良い部分を引っ張ってきてストーリーを作るのは、自分の中に”ある価値観”があるんですよ。そして、その価値観を誰かに知らしめたい、広めたい、ある意味折伏したいと思っているので、どうしてもそういう情報の取捨選択になるような気がします。それが最大の問題で、僕はそういう人が1人でも減っていけばいいと思っています。

平林

多いですよね。

玉置

絶対減らないと思います。

平林

悪意を感じるときがありますもん。

玉置

悪意のみですよ(笑)。特に重要なのは客観的に引いて見たら、おかしなことをやっているわけじゃないですか。それをやってもいいんだと自分を納得させるためには、自分のやっていることは正義だと思うことが必要なんです。要するに僕が世の中で一番嫌いなことは、正義なんですけど、正義を信じている人は、造反有理で理があれば悪いことをやってもいいんだって話になるんですよ。

だからちょっと冷静に考えたら、自分が何かに目を瞑ってピックアップして、話を作っちゃっている盛っているなと気がつくはずなんです。でも自分は正義のために悪の総裁を倒そうとしているんだとか、そういうことを自分のなかで確信を持っていれば、やってもいいんだって話になっちゃうんですよ。

平林

ネジ曲がった正義感というか、行き過ぎた正義感が多い気がするんですよね。

玉置

基本そうですよ。過去の歴史もずっとそうだから。

そもそも正義とは何だろうって話がありますよね。

玉置

反正義主義というのは、本当に小さいですよ。僕に主義主張があるとしたら反正義主義ですね。

正しいとか悪だとかは結局相対主義じゃないですか。

玉置

みんな正義だと思っているからね。対立している2つの派閥があるとしたら、両方自分が正義だと思っていて、両方とも相手が悪だと思っているから、どこまで行っても分かり会えるはずがないんですよ。