真ん中≠中庸

SNSは昔は牧歌的だったじゃないですか。それで結局SNSが一般的なところまで浸透すると、どうしても雑音というか、日本人は文字は読めるけど、文章をちゃんと理解出来る人が少ないんじゃないかって思っているんですよね。

玉置

僕は2010年からTwitterを始めたけど、最初のころからそうで、今もあまり変わらないんですけど、SNSは僕のなかでは修行みたいなものですね。あらゆる悪の囁きというか誘惑があって、それにいかに耐え忍んで自分を見失わないでやるかって。

SNSでバズりたければ、過激なほうがいいわけじゃないですか。そこでの承認欲求みたいな感じですよね。そうじゃない形でSNSのなかに生息するにはどうしたらいいかを、はじめたころからずっと思っていて、たぶんいま生き残っている人はそういう人ですよ。

SNSを見ていると、なぜその返答がそんな形になるの?ってケースを見ることがあるんですけど、なぜそういうことが起きるのかがずっと疑問で、なぜそうなるんだろうか?とずっと思っているんですよね。

玉置

でもSNSって本当にありとあらゆる誘惑があるんで、僕はそこのなかで自分を律するというのがある意味修行ですよ。しかも深くあの世界にダイブすればするほど、ものすごく複雑になっていくわけじゃないですか。あるいはフォロー数とかフォロワー数もあるけれど、関わる人がものすごく増えたときに、そのなかで自分を保つことはすごく難しい。

でも、だから引っ張られることもあるし、それは例えばFacebookとかInstagramにはないものなんですよね。やっぱりTwitterは特殊で特別なものだと思います。いま話題の津田さんがね、俺はとにかくTwitterが好きだと言ってたんです。FacebookもInstagramもいろいろあるけども、自分のなかではTwitterこそSNSだという話は、すごく僕も同感です。いま他には同感出来ないことはいっぱいあるけどね(苦笑)。

結局マジョリティーになればなるほど炙り出されていくものもあって、それが映像じゃなくて文字っていう特性だからこそ、みんな文字は書けるんだけど、そこのレベル間の差が同じ教育を受けているはずなのに、けっこう出てくるのはすごく面白いなというか。

玉置

何が正解か分からないし、だいたいSNS上ではいろんな炎上が常に起きているわけだけど、今回のトリエンナーレの件で、東浩紀さんがいつもTwitterに鍵掛けているのに鍵を開けたりしながら、延々とTwitterで返信する形だったり発信する形でやっていた。まとめて書いてくださいよっていう意見に対してTwitterで、いや僕はこういうスタイルなんでと返していた。

僕は、東さんが、旅行から帰ってきて状況を見て、SNSでの、あいちトリエンナーレの騒動への謝罪から入った一連の流れには、すごく納得感を持ったんですよ。ああいう形の表現というのは僕のなかでも腑に落ちるし、あれをまとめて一つの謝罪リポートにしてしまうのは、違うんだという東さんの気持ちも分かる。

もちろん東さんの説明が全て正しいとも言わないけども、少なくともここ一連のツイートは僕は腑に落ちたし、読んでいてある程度納得出来たものもある。東さんのあの一連のツイートはSNSの一つの特性を現している気がする。

言い方はあれなんだけど、僕は本来はSNSも発信もそうなんだけど、取り返しがつくものだと思っているんですね。何か失言したからと言って、人生が終わるわけじゃないんで、むしろずっとコミュニケーションや発信をする、SNSでつながるという行為を続けることだと。それこそ僕は2年前とか3年前のツイートで、自分で自分に対して納得出来ないこともいろいろあるだろうし、そこは変わっていくものじゃないですか。だから取り返しはつくんだと思うんですよ。それで何か頭にガーっと血が昇って、一つの方向にガーっと突き進んでしまうと、超危険な訳ですからね。

それですら僕は本当は取り返しがつくことなんだと思ってます。それはずっとSNSを続けることによって初めて取り返しがつくんだと思う。よく本当にどうしようもない場合、犯罪的なことがあってアカウントを消すことは、それはもう仕方ないことだと思うけど、消さない限りは僕は取り返しがつくと思う。

自分は26ぐらいから30ぐらいまでは尖っているつもりはなかったけど、尖っていたんだと思います。

玉置

ずっとジャックナイフでしょ?

いや、全然違いますよ(笑)。愚痴ることもその時期は確かに多かったんですけど、いまは何となく悟って、絶対悪や絶対正義がないことと同義だと思っています。あの人はああいう考え方なんだということを割り切るようになったというか、昔はそのことを正そうとする謎のカロリー消費をしようとしていた。

でも本当に面倒くさくなったこともあるんですけど、あの人はああいう考え方なんだと割り切ることによって、だいぶ楽になった面はあります。無理にそういうことを違うとか指摘することを止めたことで、だいぶ人間関係も整理されるし、自分の平穏につながることも覚えたんで、だいぶ泰然自若で生きれるようになったというか。

玉置

親しく出来るか出来ないかは別にして、自分と相当考え方の違う人がいたって、それはその人の自由というか、ありだと思うんですよ。それでこの前もつぶやいたんですけど、僕は中庸と寛容は重要だと思っていて、特に中庸が重要だと思っているんだけど、僕の中での中庸というのは真ん中ではないんです。

要するに、右と左があってその真ん中ですというのが中庸ではなくて、右と左を両方ちゃんと冷静に見れることが中庸だと。だから1から100があって、50が中庸ではないんです。1と100を両方意識して、見渡せることが中庸だと僕は思っているんで、だから中庸であることは極めて難しいことなんです。

だから当たり障りがないということが、中庸ではないんです。当たるも障るも両方引き受けて、僕は両方あるよねって思うことが中庸だと思っているんで。

平林

みんながお互いに、自分と異なった人たちに対しての接し方が随分変わっちゃったな、と感じます。相手を見ていない。
目の前の意見の違う人と対立するのではなくて、1回自分を向こう側に持っていって、向こう側からこっちを見なくてはならないと思います。
そういうものの見方をきちんとやらないと駄目だと思います。でも、勉強もけっこうしなきゃいけないから面倒くさい。

玉置

だから銀河英雄伝説にいつも出てくるんだけど、民主主義は特に面倒くさいんだと。面倒くさいことをやるってことが良いと書いてあって本当にそうだなと思います。

平林

何かやるときに民主主義でやっていたら何も進まないよね。

玉置

だからその面倒くさいことを引き受けるってところがたぶん、一番大事なことで、もともと上手く行かないんですよ。だから独裁のほうが全然進むんですよ。

だから僕は右翼でも左翼でもあって両翼だなんてことを言ってます(笑)。

平林

わかる。

玉置

民主主義が負けることも往々にしてあるし、民主主義に徹すればいいってことでもないと思うけど、僕はだから面倒くさいことを引き受けるというのは悪くないなと思っていて、だからラインハルトがいれば、ヤン・ウェンリーもいるんですよ。でもヤン・ウェンリーはいつもラインハルトのことを理解している。理想的な独裁政治をヤン・ウェンリーはラインハルトに見ているから、そこが銀河英雄伝説の面白いところ。

しかもそれほど民主主義だと言っている男が、恐ろしくドラスティックに作戦を立案して、ある意味大虐殺をやっているわけですよ。一隻沈むごとにあれは何千人も死んでいるわけ。自分が常に虐殺者であることを忘れないということをやっていて、そういう話や本は面白いと思うんですよね。

アニメを見ていることが、余白になっている

玉置

余白のことを考えると、最近は余白が無いなと。あまり基本的に仕事はしたくないんだけど、結果的に仕事が詰まることがあって、余白が作れていない気がするけどね。

敢えて言えば、深夜にアニメを見ている時間が一番余白かも知れない。結果的に何となく仕事とリンクさせているからよくないんだけど、深夜にそれこそ仕事が大変な人も多いんでしょうけど、いろんなたくさんのアニメーターや原画を描いている人、脚本を書いている人、テレビ局の人が総力戦でアニメを作っていて、それを夜中に見ている行為は、僕のなかでは余白というか自分のちょっと違う世界です。

しかも深夜に放映だから、いつも帰ってきて、その時間をある意味満喫していることは最大の余白かも知れないね。

いま東京だと夜中22:00から始まる日は、25:30ぐらいまでずっとアニメを見ることが出来るんですよ。これはやっぱりある意味すごい空間だと思いますね。

アニメビジネスの割り切り方もすごいなって思うんですけどね。

玉置

いや、でも見ていると出来不出来はあるし、好き嫌いはあるけど、どんなアニメでもものすごく大変なんですよ。あまりにもアニメが好きなのでアニメ製作にも関わったことがあるんですけど、だいたい1〜2年ぐらい前からずっとアニメの会議をやっているんですね。

簡単なシノプシスはあって、こんなアニメを作ろうってことは決まっているんだけど、それを本当にアニメにするためには莫大な量の会議が行われて、脚本も何回も何回も書き直して、そのとき話し合っていた作品もまだアニメになってないんですよ(笑)。それぐらいすごい世界。やっぱりアニメって損得だけじゃ出来ない商売だね。

見る方も真剣だから、ある意味炎上もしやすいだろうしね。真剣勝負ですよね。

Netflixなんかも攻勢を掛けて来てますもんね。

玉置

だから今やっぱりテンセントとかNetflixとか本当に世界中の名だたるところがアニメに可能性を感じて、どんどん手を出してきている状態ですよね。本当にアニメビジネスはこれからどんどんと変わってくると思いますね。そういう話をしちゃうと仕事になっちゃうんだけどね。

アニメの世界は本当に余白と言っていいのか分からないけど、深夜のワンルームの空間は不思議な世界ですよ。すっごく狭いところにいるんだけど舞台は宇宙だったり、異世界だったりするから(笑)。

いま単身赴任で夜中にそれが眺められるのは、最高の余白かも知れないね。

平林

いま最高じゃないですか?

玉置

でも、これが最高と言われたら寂しい気もするね(笑)。